あおやぎ
青柳
Aoyagi
新花(伊勢花容) | 【花容】垂れ咲き 【英数】三英 【花色】薄い青(藤色)砂子ぼかしの白色糸覆輪 【開花時期】6月中旬(2021年は6月19日開花) |
分類 | : | 昭和になって育成された「新花」で交配親の品種は不明です。外見上の花容は(伊勢花容)です。丸弁で垂れ咲きの伊勢系品種です。 |
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外花被 | : | 丸弁で軸の下方向に垂れさがります。基部がやや皺状になりますが、花被片全体は平滑で軸の下方向に大きく垂れます。花色は薄青地に砂子模様で、中央部、特にアイの部分を中心にして白色のぼかしが入ります。周縁部には明瞭な白色の糸覆輪が入ります。 |
内花被 | : | さじ状で軸の斜め上方向に向かって立ち上がります。花色は外花被片よりもやや濃い青紫色で中心部には、白色の斑点模様が見られます。周縁部は白色の細い糸覆輪になります。 |
花柱枝 | : | 先端部に向かうにつれて広がりのある形状で軸方向に対して、やや斜め上方向に立ち上がります。先端部は2裂開してずい弁を形成します。ずい弁は内側に巻きこみ、先端種は弱いくも手となります。花柱枝の色は白色で周縁部は藤色です。ずい弁は外花被片と同様に藤色です。 |
備考 | : | 1955年(昭和30年)に前田七郎氏により育成された、外見上は伊勢花容の新花です。花径は20cmより大きくなります。花蕾が見えるのは6月初旬ですが、花茎が伸長して開花するまでには2週間程度もかかることがあります。開花時期の6月中旬は関東地方では雨の日が多いのですが、本品種は花被片が比較的硬いので、向軸面に水分が当たっても他の伊勢系の品種のように劣化することの少ない品種です。花茎がやや細いので、花器官に水分があたると花茎が垂れやすい傾向にあります。 伊勢系の古い品種群は三重大学の冨野耕治博士によって広く紹介されるようになりましたが、前田七郎氏はじめとした方々に受け継がれて、昭和に入って様々な品種が育成されています(→花の品種改良の日本史、冨野耕治博士の育成した品種については、→美吉野、→津の花などを参照)。 伊勢系品種群の起源について: 伊勢系の品種群は、基本的に3英花で外花被片が大きく下方に垂れる独特の花容が特徴です。この品種群はどうやってできたのか?長年、2つの説がありました。 1つは、松阪在住の紀州藩士・吉井定五郎によって江戸系品種群の品種、「座間の森」のような垂れ咲きの品種が最初に選ばれて松阪に運ばれ、次いで花弁に変化のあるものが採り入れられた結果、成立したとする冨野(1942)の説で、もう1つは、吉井定五郎が野生のノハナショウブの中から変わりもの(変異個体)を発見し、それを親として改良したとする説です。つまり、江戸系の品種群を松阪に持ち帰り、独自の品種群を育成したのか、地元のノハナショウブから育成したのか?発見以来、ずっと謎のままだったのです。冨野(1967)は、前者の説を力説し、次のように述べています。「伊勢地方には伊勢ナデシコ、伊勢ギクに見られるような花被片を大きく垂れ咲きの品種を作る好みがあることから、伊勢花菖蒲についても「花弁が垂れたり、狂いの出るものを目標に淘汰が加えられ、恐らく東京ハナショウブの「座間の森」のような垂れ咲きの品種が最初に選ばれ、次いで花弁に変化のあるものなどが採り入れられたのではないかと思う」。この説は、長年にわたり愛好家の間で深く浸透していました。 本学では、伊勢系品種群の成立を科学的に調べるために、前述の2説に沿う品種、野生のノハナショウブを収集して維持・管理を行うとともに研究を行い、以下のような新知見を得ました。まず、松阪周辺地域の斎宮、伊賀地方、愛知県阿久比のノハナショウブを収集し、同時に伊勢系の品種群、および江戸系品種群の中で伊勢系の品種群に花容が酷似する「座間の森」「武蔵川」「深窓佳人」「立田川」などを材料に用いて、エステラーゼアイソザイム分析を行い、結果を解析した結果、伊勢系の品種群の内、「落葉衣」、「瑞宝」、「村雨」、「宝玉」、「桃の里」、「乙女」、「狩衣」などの品種が、松阪地方の斎宮に自生するノハナショウブとバンドパターンの一致が認められました。しかし、江戸系の品種群とはバンドパターンは全く一致しなかったので、伊勢系の品種群は、松阪地方の斎宮自生のノハナショウブから育成されたことが初めて明らかになりました。その後、数回にわたる慎重なる実験結果を得て再現性を確認し、学会に発表することができました。現在、伊勢地方に自生するノハナショウブはごく限られた地域に限定されて自生し、絶滅が心配されています。このように栽培種の起源を探る上で、野生のノハナショウブや伊勢系の古い品種群の維持・保全活動は、科学の発展のために非常に重要課題となっています。 |
論文 | : | 知野奈苗・小林孝至・田淵俊人.2020.エステラーゼアイソザイム分析による伊勢系品種のハナショウブの起源.園芸学研究19(1):416. 2020年3月21日. |