近年、地球規模の環境変動により7月から8月は気温が35℃以上の猛暑日になることが多いので、まず「体調管理」に心がけましょう。
晴天時の外での作業は熱中症への対策は欠かせません。「早朝か夕方の涼しい時間帯、午前8時まで、あるいは夕方は午後4時以降」で、帽子をかぶる、作業前に沢山の水分補給(スポーツドリンクは吸収が早いです)、作業中は30分に1回は「こまめな水分補給」をすることが特に必要です。無理は禁物です。
8月初旬からの本学付近では、このような気温は普通になっています。
夏場の作業は1.茶褐色化した茎葉の除去、2.潅水 3.雑草防除など、限定的な作業とします。
夏の期間は、茎葉の充実に充てる期間とします。この期間には、植え替えた「花菖蒲」は茎葉で光合成により光合成産物を作ります。その光合成産物を「根」への転流させ、発根を促進します。その結果は、「茎葉の成長」へと繋がります。
したがって、植え替えによる株の充実度は、外見上は見えていない地下部の「根」の発達をいかにして充実させていくかを目標とします。根の生育が良い場合には「地上部の茎葉の伸長成長」が著しく、茎葉は「充実した緑色」になるので、まずはここを「根が生育しているか」の判断材料とします。ただし、どうしても株の外側部分には茶褐色化した葉が認められるようになります。
この理由は、株の外側の茎葉から中心部に向かって光合成産物の転流が盛んになることが原因であり、根の生育は良い状態であると判断します。その一方で、株の中心部の茎葉が茶褐色化している場合には、植え替え後の根の生育がおもわしくなかったと判断します。
栽培品種の「花菖蒲」の場合には、同じ花を毎年鑑賞することを目的としています。毎年、開花させるためには茎葉は大きく、根張りの良い品種が望まれます。種子を得る必要はないので、茎葉をいかに充実させた「株」にするかが重要になります。繁殖方法は、「栄養繁殖(株分け)による繁殖」。植え替えが終わった夏場では、上図の左のように茎葉が幅広く、かつ軸方向に成長していきますが、一部の外側の葉は茶褐色になります。
一方、野生の「ノハナショウブ」の場合には、上図右のように元来、「種子繁殖」をしながら成長するために、結実した種子への光合成産物の転流を優先します。その結果、茎葉は栽培品種の「花菖蒲」よりも細く、地上部の茎葉は茶褐色化しやすくなります。
栽培品種の「花菖蒲」も、野生の「ノハナショウブ」も、茶褐色化した茎葉を放置すると、茶褐色化した茎葉の基部が腐敗して、腐敗部位が地下部に伝播して根の発達を阻害することが本学の研究で明らかになっています。花菖蒲の茎葉にはタンニンという物質が非常に多いこと、潅水や降雨によって茶褐色化した茎葉が水分を含むと、植物体に利用されやすい物質には分解されず、より高い粘性を持つようになります。これらの茎葉が倒伏して土壌中に含まれると、分解されないままに粘性を保つため、非常に酸素欠乏を生じやすくなります。野生のノハナショウブの場合は、タンニンが栽培品種よりも多いので上図のように地上部は茶褐色化しやすい要因にもなっています。
また、近年は夏場に予測不可能な大雨や、9月の長雨(秋雨前線の停滞、線状降水帯の停滞、台風など)が頻発しています。そこで、夏場の作業には、「茶褐色化した茎葉の除去」は欠かせない作業になっています。
夏場の潅水は必須ですが、湛水(水を溜めた状態)にすると、根に酸素が供給されにくくなります。その結果、酸素欠乏による根の発達阻害(新しい根の発根阻害や、今までに存在した根の腐敗)、土壌病害の発生とまん延を促進します。さらに、近年の猛暑では煮え湯状態になるため、酸素欠乏や土壌病害のまん延はさらに助長されることになるので、特に気温が高くなる地方での圃場管理には注意が必要です。
夏場は「湛水状態にしない」、「通気の良い土壌を用いる」ことなどが必要不可欠な条件となります。一度、根が腐敗したものは、なかなか復活しませんので、この場合には一度、株を掘り上げて再生を図り、その間に土壌を取り換えるなどが必要となります。
鉢植えでの管理の場合にも、「地下部の根への風通しを良くする」ことが非常に重要です。「水はけの良い土壌を選択」することも必要です。本学では、栽培管理は、品種の混同を避けるために鉢植えによる栽培を行っていますので、水はけの良い土壌を用い、湛水にならないように網棚に置くか、1回水をしみこませてから直ちに水分がはけるように工夫しています(箱の底に水分が徐々に抜けるように穴を設置)。
鉢植えの場合、その数が多い時には傾斜を作って、ゆるやかな「かけ流し」にすることも行っています。潅水は、植木鉢全体に水がいきわたるように、鉢底から水が漏れるほどあげることが重要です。
なお、地上部の茎葉に水をかけることは、瞬間的に植物体の温度を下げる効果はありますが、生育への影響は無く、むしろ直射日光によるレンズ効果によって、茎葉に付着した露が高温と化し、かえって茶褐色化を助長するので行わないことが重要です。少しでも雨が降った後、晴天になると葉焼けが生じやすいのはこのような理由によります。葉焼けによる被害が大きい場合には、寒冷紗で覆うと効果がありますが、この場合は、寒冷紗は植物体上部との間に風通しを促進するために一定の空間があるようにするのが重要です。
花菖蒲園などの圃場では、栽培管理上、雑草防除は非常に手間のかかる作業です。長時間の炎天下での作業は健康上、非常によろしくないので避けるべきです。そこで、植え付け時には株の無い部分は黒の防草シートを張り、植物体のある株元のみの除草に留めるなど、最小限の作業を行う工夫が必要です。
本学では鉢植えで栽培しています。無機質の素材を使っていますが、倒伏を避けるために荒木田土などで株の基部を押さえている関係で、どうしても単子葉の雑草が繁茂してきます。単子葉植物は、わずか3日で30cm程度まで伸長するので、放置すると根を張って花菖蒲の根に絡みつき、本来は花菖蒲の株に行くべき水分を奪い取るばかりか、根の生育を阻害しますので早めの防除が必要です。無機質の土壌を単葉で用いても、何処からか単子葉の雑草種子が飛んできて発芽してきますので、手作業による抜き取り以外には方法はありません。本学では、除草剤の散布も試みましたが、花菖蒲への影響が大きく、結果的に手作業による地味な作業を行っています。なお、ビニルポットで栽培すると、両手で揉み解してから雑草を抜くと非常に作業効率が高くなります。
以上の3点は、夏場の主な作業ですが、江戸時代に花菖蒲が育成された時代から、昭和にかけては、近年のような猛暑日はなかったことでしょう。今までの慣習にない作業として、本学では1の茶褐色化した茎葉の除去は必ず行っており、2の潅水方法には、用いる土壌によりますが、「乾かし気味に」育てること、「湛水には絶対にしない」、「風を通す(土壌中の酸素補給を欠かさない)」に徹しています。3の雑草防除については、無機質の土壌を用いることである程度の効果は得ていますが、手作業による定期的な除去に頼る状態です。
夏場の管理作業は、地球規模の環境変化により体調管理を優先しますので、絶対に無理のない作業範囲にとどめるような工夫が必要です。
参考文献:田淵俊人.2009.最新 農業技術 花卉vol.1 ノハナショウブ 農文協,東京.pp319−324.