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江戸系、肥後系、伊勢系の「古花」の保存法
「古花」の特徴
江戸時代から明治時代(広義には昭和初期の太平洋戦争前まで)に育成された品種群は、江戸(今の東京)、肥後(同・熊本県)、伊勢(同・三重県)で、独自の鑑賞法に基づいて育成され、約200年にわたって今日まで受け継がれてきました。これらが現在、「古花」と呼ばれるものですが、第二次世界大戦により多くが失われました。
現在は明治神宮や愛好家によって辛うじて残されているものが多いので、一般的な花菖蒲園では見られないものが多いです。これらの品種群の主な特徴は、
- @観賞価値よりもむしろ文化財的な価値としてみることが多い
- A育成場所が明確で、品種が育成されてからの歴史が長い
- B科学的には野生のノハナショウブに近いので、その花の本質を知る上で必要不可欠な品種群です
- C育成地域に独特な鑑賞法によって育種されているので、観賞価値や文化的価値と育種法の研究に利用できるので非常に重要です
- D栽培法としては、起源が栽培をしている人の個人差により、品種本来の形質が現れないことが多いので、誰でも栽培できる品種は少ない
- E育成されてから約200年が経過しているものが多く、遺伝的な品種劣化により株が増えないものが多いので維持・管理がしにくい
「新花」の特徴
第二次世界大戦後、これらの品種群は逸脱していたものが一か所に集められて、豪華で、しかも栽培しやすい品種が育成されました。これらの育成に大きく貢献した人物は、平尾秀一氏(系を問わずあらゆる品種群を交配して、新品種を育成)、光田義男氏(肥後系)、冨野耕治氏(伊勢系)、伊藤東一氏(主に江戸系)があげられます。これらが今では「新花」と呼ばれるものです。
中でも、「新花」の育成には平尾秀一氏の功績が大きく、現在、全国の花菖蒲園で観賞できる品種の多くは平尾秀一氏をはじめとした育成品種が多く見られます。
ところが平尾秀一氏自身、何系と何系の品種を交配して育成したのか記録していないため、自身で花容(花の形状)を基にして、江戸系、肥後系、伊勢系と名付けています。花菖蒲園で見られる表示の多くがこれにあたります。これらの品種群の主な特徴は、
- @どこの花菖蒲園でも同じような花が揃って咲きます―現在でも多くの花菖蒲園で見られる
- A万人好みする花の形態、花色の品種が多い
- B株分かれが良い(増殖率が高い)ので栽培・管理がしやすい
- C昨今の地球温暖化にも対応できる、環境変化に適応できる品種が多い
- D一般人にも栽培しやすい品種が多い
このように「古花」と「新花」は異なる点が多いのですが、「古花」と呼ばれる品種群は、科学的な研究に重要ですが、維持・管理が難しいです。その理由は、以下の2点です。
- @遺伝的に品種自体の劣化があること
- A育成当初の江戸時代や明治時代にはあり得なかった、ここ数年の地球環境の変化に伴う酷暑(夏場の平均気温が各地で40℃近くになることが多い)」に弱い
1981年(昭和56年)当時、平尾氏が著した時代には30℃を超えた日はあまりなかったのですが、令和(2019年)以降は、夏場の30℃は当たり前で40℃を超える日が続く「酷暑」となります。高温により植物体自身が持つ炭水化物含量が減少し、自身を維持する能力を著しく損ねる原因になっています。
本学のホームページでは、「古花」を中心に紹介していますが、これらの維持・管理は「新花」とは大きく異なりますので、以下の7点に特に注意をしています。
なお、この方法でこれまでの39年間にわたり、1株も枯れることなく「古花」を維持・管理してきましたので、その実績に基づいて以下に記しました。
一般の書物の栽培法は、「新花」の栽培法に準じたものです。その記述とは大きく異なる点が多い点を以下に記しました。
- @培養土は有機質肥料を入れない:
有機質肥料は、酷暑のない以前の時代ではよかったと思われますが、土壌温度が30℃を超えると有機質が分解し、土壌中に予期せぬ病害が発生し根腐れを助長します。
- A排水の優れる土を使う:
土壌は赤玉土かバーミキュライトのみとし、排水をよくして溶存酸素量を多くします。土壌が還元状態(酸素が少ない)になると根腐れを助長します。
- B施肥後は潅水を怠らない:
無機質の土壌を使っていますので、施肥が必要ですが、液肥や化成肥料であれば根腐れを防ぐことができます。ただし、化成肥料を施肥した後に酷暑となり、土壌が乾くと化成肥料が焼けて、植物体かを脱水状態にして、結果的に根腐れを起こします。よって、施肥後は潅水を絶やさないようにします。
- C湛水にしない:
水をためておくと潅水は楽ですが、いわゆる「煮え湯」状態になり、細菌が増殖、富栄養化して結果的に水質が悪化して根腐れを起こす原因になります。
- D夏場は日陰で栽培:
早朝から9時までは直射日光が当たってもいい場所に置くことが重要です。直射日光は葉焼けの原因になり、光合成能力を著しく低下させます。
- E葉水を適宜与える:
真夏には、葉の表面温度は気温が40℃近い時には38.5℃となるので、葉水を適宜、与えて葉の表面温度を低くするなどの工夫が必要です。
- F株分けの時期は酷暑の夏場は避け、株の状態を見極めて行う:
一般書には株分けは3年に1回が好ましいと書いてありますが、これはハナショウブ全体を見たときのあくまでも「目安」であり、品種、栽培している場所などにより異なるので決まっていません。「古花」は株自体が遺伝的に劣化で弱いうえに株分けをする=株を弱らせて消滅させる要因になります。せっかく株を維持するために光合成によって蓄積した炭水化物を分割することになるからです。本学ではかえって「寄せ植えにして」維持してきました。
夏場の葉の表面温度
「新花」は比較的丈夫ですが、江戸時代や明治時代に育成された「古花」の維持・管理を末永く続けていきたい時には、上記の@からFのような方法で行っていくと、本学では39年にわたって枯らすことなく維持・管理できました。
ただし、「古花」は株による差があるので、良く株を見て株分け、施肥、潅水を非常に注意して行う必要があります。
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