TOP > 研究テーマ02「花菖蒲」 > 02-2. 文化財としての価値 - 伝統と文化について知ろう
以前に花菖蒲と思われていた植物
「日本古代の優美な花、花かつみとは何か?」
江戸時代に育成され、200年経過した今も現存している品種
花菖蒲がいかにして人々に愛されてきたか、伝統と文化について紐解いてみましょう。
日本に自生するアヤメ科(Iris属植物)のうち、カキツバタ(Iris laevigata Fischer)とハナショウブは古くから園芸植物として親しまれてきました。カキツバタはすでに「万葉集」に登場するもので、奈良、京都を中心とする地域の湿地帯に多く見られ、大伴家持の詩に花をとって衣にすりつけた染料に用いられていたようです。
その一方で、ハナショウブは江戸時代には市民権を得ていた園芸植物ですが、それ以前はどうだったでしょうか?諸説がありますが、ここでは「万葉集」に登場する「はなかつみ」がそれではなかったかとする説を中心に紐解いてみましょう。ちなみに、「花かつみ」とは実在しない「鳳凰」のような鳥のような存在で、非常に優美な花として当時の人々の憧れであったようです。
【出典】田淵俊人. 2004. 生活と園芸. 松井孝編. 玉川大学出版部. p31を改変
「はなかつみ」とは万葉集にも登場する大変優美な花であるとされていますが、実際に存在する花ではありません。そこでここでは、万葉集などの文献を紐解きながら探っていこうと思います。
「花かつみ」は「万葉集」の歌(巻4・675)に左紀沢(奈良県)として登場しています。
その後、平安時代に入ると、古今和歌集に詠まれるようになりました。
おみなえし 咲沢に生ふる 花かつみ かつみる人に恋やわたらん
中臣女郎(なかとみのいらつめ)が大伴家持に贈った歌です。この場合、花かつみとは沢という言葉から水生植物の一種のように思えますが、どのような植物を示しているのかは不明です。当然、花菖蒲を示していることもわからないのです。
平安時代に入ると…
みちのくの あさかの沼のはなかつみ かつみる人に恋やわたらん
(古今和歌集第14巻巻頭詠み人知らず)
ここで注目して戴きたいのは、花かつみがどのような植物であるかは依然不明として、初めて安積の沼(現在の福島県郡山周辺)と地名が表記されていることです。都からはるか遠方の幻想的なみちのくの安積沼と、そこに咲く花かつみという優美な花の組み合わせが、深慮にして切ない恋心を歌った下の旬を見事に引き出しているともいえるでしょう。この歌は古今集の編者にも大変好評であったそうです。
この和歌が出て以来、花かつみは安積沼と結びつけて歌われるようになったのです。
例えば
あやめ草 引く手もやゆく長き根の いかで安積の沼に生けむ(藤原考善)
夏はまだ 安積の沼の花かつみ かつみる色にうつる比かな
年をへて 又先にけり花かつみ あさかの沼のとごりともかな
はなかつみ 交じりに咲けるかきつばた 誰しめさして衣にはすらん
このようにして、「安積沼」という言葉はみちのくの歌枕となり、花かつみは安積沼のみにはえる「名物植物」であるとまで考えられるようになったようです。
では、「花かつみ」はいったいどのような植物であったのでしょうか? 江戸時代には「花かつみ考」と称した書物に以下のような図が残っています。
(左)松平定信稿本、国立国会図書館蔵
(右)花かつみ考大全、国立国会図書館蔵
ここでは水生植物の「デンジソウ」(田字草)が花かつみであるように思われます。
デンジソウ(玉川学園おいて研究中、田淵原図)
アクアリウム関連のリンクです。
玉川大学・玉川学園総合サイト「連載・玉川の自然」より No.36日本メダカ
神奈川県立水産技術センター内水面試験場
他に候補にあげられた植物には、花菖蒲のほか、マコモ、ヒメシャガがあります。
江戸時代の藤原知明(花勝美考)には右のような図が残されていて、この図は葉も花も花菖蒲そのもののように見えます。
ここで、四ひらと書いてありますが、花被数(花弁)が4枚のことをいいます。
本来は、3枚か6枚の花被数を有するのですが…
このような花は、ノハナショウブにも栽培品種にもあります(写真は、「一迫」、いちはざまというノハナショウブで4枚の花被片数を持っています)。
江戸時代の旅人
松尾芭蕉、西行らも「奥の細道」の旅に立ち、安積沼で名物の花かつみを探しています。
このあたり沼多し、かつみ狩比もやや近うなれば、いずれの草をかつみとは云うぞと、人々に訪ねれど更知る人ぞなし。沼を訪ね、人にとひ、「かつみ〜〜〜」と訪ねありきて、日は山の端にかかりぬ。
訪ねど探せど、花かつみを知る人もいなくて、発見もできなかったようです。
では、「花かつみ」とはどのような植物であったのでしょうか?
【候補1】マコモ:
葉が花菖蒲に似るがシダ植物であり、われわれが知っているような花菖蒲のような花は咲かない。
【候補2】デンジソウ:
葉が四葉のクローバーに似ていて「田」の字をしているので田字草というが、同じくシダ植物であり花菖蒲のような花は咲かない。しかし、上記2種はいずれも古文献には「花かつみ」である、と記されている。
【候補3】ヒメシャガ:
「花かつみ」としての福島県郡山市の花に指定されている。
花の色はさながら菖蒲のごとし。葉ははやく繁りてそのすえ四面に垂れ、尋常のあやめなどの生えたる姿には似つかわず(明治天皇)
【候補4】ハナショウブ:
植物学的には四ひらのあやめといえば、花被(花弁数)が4枚の花をいい、これに当てはまる種はノハナショウブしかないのでノハナショウブであろうとする説が有力である。
あさかの沼に、よひらの花あやめあり それを花かつみとはいふべし(松平定信)
しかし、アヤメは水辺を好むが、ノハナショウブは実はあまり水辺を好まない。 どっぷりと漬けて栽培すると枯れてしまいます。
このように、多くの謎に包まれ、いにしえの詩歌の世界にのみしか開花することのない、幻の花、「花かつみ」。皆さんは何であると思いますか?
農学部というと実践そのものですが、園芸学にはこのように古書物を読み実際の植物を訪ね歩く分野も含まれます(園芸文化)。園芸植物学ならばの研究テーマともいえるでしょう。
【参考】
1.大滝末男. 1989. 日本産アヤメ科植物. ニューサイエンス社.
2.花かつみ考大全(松平定信稿本、国会図書館蔵書)
3.藤原知明(花勝美考、国会図書館蔵)
4.永田敏弘. 2005.(私信)
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