TOP > 研究テーマ02「花菖蒲」 > 02-2. 文化財としての価値 - 浮世絵に見られる花菖蒲
浮世絵は、今でいう週刊雑誌であり時代のありさまを反映する、もっとも重要な資料であるといえます。ここでは、花菖蒲の描かれている浮世絵の中から主なものを取り上げて、江戸時代の世相、花菖蒲への人々の思いなどを考察してみたいと思います。ありとあらゆる分析が可能な分野です。なお、現在研究中の分野ですからここに記載したことが完全な解釈とは思わないで戴きたいと思います。
受験生の方へ
農学部は「理科系」に分類されていますが、花菖蒲という植物に興味を持ち、より深く知りたい場合には、このような「文科系的な研究分野」も研究の範疇に入ると思います。受験には「文系、理系」という言葉が用いられますが、私は「園芸学」という分野にはこれは当てはまらないと思っています。当然、花菖蒲を栽培できるということがまず原点になりますよ。
1857年 歌川広重「名所江戸百景 堀切の花菖蒲」
現在の葛飾区堀切周辺には広大な花菖蒲園があった。上から眺めて鑑賞するように品種改良されていたので、横から見ると花被片(花弁)が水平に見えるのが特徴です。
1853年 歌川国英「名所木母寺 堀切花菖蒲」
現在でいうアイドルのブロマイドです。美人画の背景に花菖蒲を配して、主役のアイドルがより美しい絵となっています。
(左)1860年 二代歌川広重 「江戸名所東京四十八景 十六 堀きり花菖蒲」
(右)1862年 二代歌川広重 「東京三十六景 堀切花菖蒲」
江戸の堀切には広大な花菖蒲園が作られていました。築山(小高い山)を作って茶屋を作り、眼下に広がる花菖蒲を観賞していました。何とおおらかで、風流な時代であったことでしょう!
1859年 三代歌川豊国 「堀切菖蒲花盛図」
江戸時代には、友人などを誘って綺麗な衣装をまとい花菖蒲を観賞した。このような光景は現在でも「ショッピング」に行くようなことと同じように気軽な娯楽として庶民に受け止められていたのであろう。
現在の堀切花菖蒲園の写真です。
現在の堀切花菖蒲園は京成電鉄で「堀切菖蒲園前」下車徒歩15分くらいのところにあり季節には観光バスも出て賑わいを見せています。現在は葛飾区立となっており、学芸員さんの話によれば浮世絵に描かれていた場所はこの地より3kmほど離れていたそうです。200年以上を経過した今なお保存されていて、地元の方々の花菖蒲にかける想いが伝わってくると同時に敬意を表さずにはいられません。ただ、園の3方面を高速道路が通っていることによる景観や環境の問題、植えられている品種の正確性については今後の研究を待つ必要があると思います。2006年、日本花菖蒲協会との合同調査において、植えられている品種全ての鑑定を行った結果、江戸時代当時の品種でない品種が植えられていたりすることも多々見受けられました。中には最近育成された品種が混植されていたり、一部には壊滅的な病気が出そうな兆候が見られたことにつき、非常に憂慮しています。本学としても、「江戸花菖蒲の発祥地」として位置づけて、出来る限りの研究をしていきたいと思っています。特に江戸時代からの品種を正しく鑑定して、それをしっかりと守っていくことの必要性を感じています。
江戸の花菖蒲の発祥地として、花菖蒲が好きな人であれば一度は行くべきところであると私は思っています。