TOP > 研究テーマ02「花菖蒲」 > 02-3. 機能性を探ってみよう! - 卒業研究を行った学生の声
私が卒業研究の題材として花菖蒲を選んだ理由は、花菖蒲がとても興味深い植物であることを知ったからです。花菖蒲について全く知らなかった私が花菖蒲を知ったきっかけは、大学2年の時に受けた授業でした。万葉集にも登場する実在しない「はなかつみ」とし考えられてきた植物として「ノハナショウブ」が紹介されており、また、幾つかの品種の花菖蒲の写真を見ました。それが、私と花菖蒲という植物の出会いでした。色々な形や色のある面白い植物だなとその時、感じ、興味を持ちました。
大学3年では、花菖蒲について知る機会が多くなり、その品種の多さにとても驚かされました。長井系、江戸系、伊勢系、肥後系とそれぞれ異なった特徴を持ち、また、品種ごとに色や形、配色パターンなど違っていて、見ていて飽ず、ますます花菖蒲に興味がわきました。花菖蒲について学んだ中で私が最も驚いたことは、この多種多様な品種が存在する花菖蒲が、「ノハナショウブ」というたった一つの植物種をかけ合わせただけで育種されてきたという点です。ノハナショウブは、一般的に3英で、赤紫色、すっきりとした花容でとてもシンプルな花を咲かせますから、花弁が大きく発達した品種や6英の品種、様々な色や配色を表す品種が出来上がったことが信じられませんでした。
しかし、そのシンプルなノハナショウブの中にも、多くの変異があることを知りました。
花色にも赤紫の中でカラーバリエーションが存在したり、まれにピンクや白、青味を帯びる花色を持った個体があること、垂れ咲きの他に平咲きなどの個体も存在すること、花弁の大きさや形にも違いがあることなど、細かく見ていけばきりがありません。これだけ様々な特性を持っているのにも関わらす、ノハナショウブをただの野草として扱ってしまうのはもったいないと思います。これからの育種素材としても遺伝資源としてもとても重要になってくると思います。また、花菖蒲は日本の文化的財産ともいえる、日本が誇れる植物の一つです。その元となったノハナショウブの凄さ、重要さを自分でも学ぶと共に、多くの人たちにも知ってもらいたいと思い研究を続けています。
「私のお気に入りのノハナショウブの2ショット」
(左)花は極小輪の矮性で、薄い桃色に微妙な「波うち」が調和して流れるような美しさがあります。
(右)青みがかった丸弁で、内弁も短くて丸いように見え全体がふっくらとした感じに見えます。右のアブ?は私です。
今日、日本の文化は他国の文化に飲み込まれ、その姿が廃れつつあります。
本来、日本人がもっていた、水墨画に見られるような墨の濃淡で美しい情景を描くと云った日本人本来の美意識も…。その精神を今も変わらぬ姿で伝え続けているのがノハナショウブです。ノハナショウブに見られる色彩や花形は決して派手なものではありませんが、よく注目するとそれらはみな微妙に異なり、それぞれの風情を感じさせるのです。これこそ日本人が愛してきた「美しさ」ではないでしょうか。
しかしながら、これらのノハナショウブはその自生地が奪われいまや絶滅の危機に瀕しています。私は、これからもこの日本の美しい文化を守り続けるために、ノハナショウブを保護する研究をしたいと思いました。また、海外にも花菖蒲のよさをもっと広めることができればよいと考えています。
これまでも、花菖蒲は海外に紹介されてきましたが、一部にとどまっているようです。それは、海外の土壌がアルカリ質であること、あるいは乾燥しているなどに起因していると考えています。
そこで、私は一部のノハナショウブが持つと云われる耐塩性=耐乾性の性質を研究し、花菖蒲にこの形質を導入することによって世界に通用する花菖蒲の開発を目指したいと考え、目下、卒業研究に取り組んでいます。研究室内の温室には日本各地のノハナショウブが由来がはっきりとして、絶対に混ざらないように厳重に維持・管理され、野生のトマトと並んで貴重な遺伝資源の宝庫になっています。その栽培・管理の一端を任されていることに今私は至上の喜びを感じています。
わずか3日しか開花することがなく、草原を一気に濃紫色に染め、あっという間に咲き終わってしまう、はかなさが私は大好きです。この短期間にいかにして昆虫を誘い、自分の子孫を残すのか、その生命力とたくましさに感動しています。
しかし、その大好きなノハナショウブが昨今の地球温暖化により開花期が異常に早まっています。今年もラ・ニーニャによって平年よりも2週間も開花期が早まりました。本来、氷河期の生き残り植物であるので環境問題を考えるとき、真っ先に影響が現れる植物であると考えています。
また、世界中の湿原のほとんどが枯渇し乾燥化していると聞きます。たとえば、わが国最大の面積を誇る釧路湿原でさえ、この2〜3年間にかなりの量の湿地が乾燥化したそうです。地球規模の砂漠化が問題になっていますが、ノハナショウブは湿地を好んで自生する植物であるので、地球が乾燥化しているかどうかはノハナショウブの分布や個体数の推移を調査していけば一目瞭然であると考えています。
ノハナショウブはもともと、日本の稲作地帯に普通に自生していた植物であるので、今年のように降雪が少なかった年には雪解け水が少ない年にはどうなるのでしょうか?このような地球環境の変化による自生地の消失、あるいは虫の訪花時期のずれが心配です。ノハナショウブは多彩な花色や花容をもつ花菖蒲のもとになった植物ですから、遺伝資源として非常に重要です。この植物がもっともよく育つ環境を知ることは地球環境を知ることにもつながると考えて、いまやこの花の虜になっています。今日も梅雨の中休みで大変暑いのですが、開花調査と交配作業に夢中になっています。
花菖蒲は、もともと花の中では好感をもった類いでした。しかし、大学で花菖蒲を多く取り上げた講義を受け、関心はさらに高まっていきました。最初に惹かれたのは、園芸品種の花菖蒲の中の、江戸、肥後系の花菖蒲でした。江戸系は、凛とした中に見える楚々とした立ち姿と、それに見合ったバランスの取れた小振りな花器がとても魅力的で、歌舞伎役者の女形のような印象でした。また肥後系は、江戸系とは対照的な、多彩で大振りな花器、大胆ではあるが繊細な立ち姿から、座敷に咲き誇った、今が盛りの艶やかな舞妓のような印象でした。園芸品種の花菖蒲に感じられたのは、あくまで観賞用としての観点から見た印象がほとんどでしたが、卒業研究論文の題材として花菖蒲に的を絞っていく中で、全ての花菖蒲の原点である、野生のハナショウブ(以下ノハナショウブ)の存在を知って、その存在に急に惹かれていきました。ノハナショウブには、園芸品種の花菖蒲には無い神秘性が強く感じられ、いつしか、ノハナショウブは私の卒業研究論文の題材になっていました。しかし、さらに的を絞り、富士山に自生しているノハナショウブに惹かれてしまいました。ここのノハナショウブは、花弁の色が、他には見られない鮮やかな青色を発現していることが最大の特徴です。バラのような他の園芸植物では、作出が困難といわれている青い花ですが、このノハナショウブは、はじめから真っ青な色をもっています。まだ青色の発現要因など明らかになっておらず、そのことが、このノハナショウブの神秘性を一層際立たせています。開花期間中、緑一面の原野に青色が点在する光景は、自然界には似つかわしくない、ひどく非現実的な光景ですが、それゆえに、野生の種でありながら、野性味を感じさせない繊細な美しさを感じることができます。
現在、私は富士山に自生する青いノハナショウブの実生繁殖と、発芽率、処理区を用いた生長量の調査を行っています。繁殖はとても良好で、現在約600株あまりのノハナショウブの生育に成功しています。順調に生育すれば、来年の初夏には、その神秘的な青で圃場を彩り、短い開花の間、幽玄の世界へと導いてくれることを期待しています
(注:本年度、渡邊さんの播種した富士山のノハナショウブはほとんどが花芽をつけ、現在、次々と青い花が咲いていますよ。よかったですね!)
田淵原図(許可なく転載を禁止します)