トレーニングコース2011 受講者の声
後藤 崇志 (京都大学大学院 教育学研究科 修士課程2年)
今回、私は「ヒトのfMRI基礎実習」に参加させていただきました。私は心理学を専攻しており、感情や動機づけが認知的なコントロールを働かせる際にどのように働いているかについて実験的検討を行っています。心理学の領域では、課題の正答率や反応時間などの行動指標だけでは捉えきれない心の働きを明らかにするために、MRIなどの脳科学の手法を取り入れた研究も盛んに行われています。そこで、今後の研究を行っていく上での選択肢を広げるべく、MRIに関する基礎知識やMRIを用いることの利点・欠点などを学ぶために参加を申し込みました。
コース実習は3日間を通して段階的に行われました。初日は、実習参加者が実際にMRIに入り、実験課題を行っている間の脳活動を測定されました。2日目には、 MRIの原理や、MRIを用いた実験の組み方・分析方法などを学んだ後、初日に測定した自分の脳活動を実際に分析しました。最終日には、参加者全員の脳活動のデータを平均化し、実際の研究報告で用いられるような形式での分析を行いました。私は脳活動を扱ったこともない全くの初心者でしたが、研究室のみなさんが丁寧にご教示くださったおかげで、MRIで測定した実験データを分析する方法を身に着けられました。実際に測定・分析を行うことで、MRIからわかること、そしてMRIだけでは捉えられないことをより深く理解できたと思います。
今回、実際にMRIで自分の脳活動を計測されたことは、コース実習のなかで最も貴重な体験だったと思います。ある機器や手法をもちいた実験を行うためには、知識を学ぶことだけでなく、実際に実験を受けることで、参加者側の視点を身に着けることも重要だと考えています。しかし、実験者と実験参加者の両者の視点を学びながらMRIの実験を受けられる機会は他には滅多にありません。私は今回のコース実習で実際にMRIの実験を受け、実験参加における細かな注意事項を知ったり、参加者が実験中に受ける不安や疲労感など、文献を読んでいるだけでは伝わってこないような部分を経験できたりもしました。すべての参加者がこのように実験参加者側の視点をも体験することは、少人数であり時間も豊富だった本コース実習だからこそ可能な内容だったと思います。
また、今回のトレーニングコースではそれぞれのコース実習だけでなく、参加者間で交流する機会が豊富だったことも印象的でした。初日の夜には、コース参加者や、玉川大学の方々と研究の話やコース実習の話を交換することができました。また、2日目のジャムセッションでは他のコース実習の参加者とも一緒に、ひとつのテーマについて議論しました。参加者には、私のように心理学を専攻している人もいれば、医学、情報学、行動科学など、多くの分野の人々がおられたので、普段参加している学会や研究会などでは聞くことができないような話をたくさん伺わせていただきました。こうした交流を通じて、同じように心に興味を持っていても、興味の所在やアプローチの仕方が多種多様であることを実感しました。
今回のトレーニングコース参加は、MRIを用いた脳科学の実践方法の基礎を学び、さらにこころの在り方を明らかにしようとする考え方について幅広く触れることができ、自分の視野を広げるよい経験になりました。今後はこの経験を活かし、自分の研究を進めていく中で他分野の手法や考え方も取り入れていきたいと思います。
最後になりましたが、このような貴重な機会を企画・準備してくださった玉川大学のトレーニングコースの関係者のみなさま、本当にありがとうございました。
小川 眞太朗
(国立精神・神経医療研究センター神経研究所疾病研究第三部 研究生)
玉川大学脳科学トレーニングコースでは、3日間にわたり先生方、そしてスタッフの皆さまにはとても懇切に御世話になり、誠にありがとうございました。コースのサブタイトルが「心をくすぐる技の共演」というものでしたが、専門的で深い各コースでの知識と時間、あるいは多様な参加メンバーとの交流によって、想像していた以上に得るものが多く、心と脳がくすぐられた気がします。
今回の体験記を頼まれた理由は、酒井裕先生の私に対する「君は何かおもしろいことを書いてくれそう」という過分な評価によるもので、恐縮でした。私のバックグラウンドを少しばかり説明させていただくと、学部では関東某私大の心理系ゼミに所属し、その後、某地方国立大で栄養学系の研究をおこなっていました。現在は大学院博士後期課程の1年で、脳科学的見地から精神疾患克服のための基礎研究をおこなっています。客観的に見ればまだ業績のない半端者ではありますが、脳と精神機能ということを主軸として、文も理もなく広汎な分野に興味を持っているので、こうした知がクロスする場所に身を置けることは幸運な機会だと考えていました。
というわけで、Jam Sessionです。
この“Jam Session”という言葉はもともとJazzの用語であり、異なる演奏者たちが事前の準備なくその場即興でひとつの音楽を作り出すという意味のようで、後で酒井先生に「えっ (この言葉を)知らないの?」と言われましたが全然知りませんでした。すみません。この「即興性」という言葉が今回のひとつのテーマであるように思います。
酒井先生から示されたJam Sessionのお題は、「ラット,サル,ヒトの赤ちゃんや大人に共通の現象かどうか確かめ,その実体を捉える実験パラダイムは?」というものと、「コンピュータに実現できていない脳の機能によって現れる現象だとしたら,それはどんな機能だろうか?」という大きく二つのものでした。
酒井先生による認知的不協和や報酬評価に対するバイアスなどのトピックに関するプレゼンテーションのあと、さっそくテーブルごとにわかれてJam Sessionが始まりました。今回、実習の班は「ラットの先進的マルチニューロン記録と解析法」班、「霊長類動物の神経生理学的実習」班、「ヒトのfMRI基礎実習」班、「視線から解る赤ちゃんの不思議」班の四つありましたが、自分が所属する班以外の人と話すのは私の場合はこれがほぼ初めてでした。
私の班は10名ほど。お互いに自己紹介からはじめ、予想以上に今回のトレーニングコースの参加者が年齢層も専門性も多様であることを知りました。成りゆきで私が司会者のようになってしまい、就活をしたことがあるので、かつて就活でグループワークを仕切った時の薄い記憶を思い起こしつつ、皆さんの意見を引き出し、取りまとめていこうとしました。が、しかし、テーマがとても大きいこともさることながら、就活と異なるのはここにいる皆さんは玉川大学に就職したいからやって来ているのではなく、その目的も異なれば所属も専門性もおおいに異なるということです。そういった多様性のあるグループで、ひとつのゴールに向けて多くの意見を引出し、収束させていく作業は、まったくもって容易ではない、どころか、今まで未体験のものであることに、スタートからしばらくして気がついたのでした。
時計を見ると自己紹介をしただけなのにもう25分間過ぎています。焦る。冷や汗をかく。さあどうしよう。すがるような目で一同を見渡すと一人の人とビシッと目が合う。「何かアイデアありますか?」と振ると、「話の腰を折るようだけどそもそもの前提がですね…」うわあああ、まとまりそうにない。
それでも時間内に仕上げることを考えると、途中からはまとめることを最優先にする流れになってしまい、その結果、発表内容を形にすることはできましたが、それはアカデミックな基盤の上に立つものというより、「とりあえずまとめた」という感じのものになってしまいました。発表はこなすことができましたが、一人ひとりの専門性や思想を十分反映できたものになったかというと、少し難しいものがあります。それでも、各々で仕事を分担し、質問がきたら何人かのメンバーで交代に答えるなど、ある程度Jamな発表にはできたのではないかと思います。そして、発表内容に対する、会場の他の班の皆さん、教員の先生方の質問は厳しくかつ真摯であり、とても勉強になりました。
今回のSessionに関して、こうすればもっと良くなるのではないかという私的な感想を二点だけ述べさせていただきたいと思います。
ひとつには、今回はお題が出されるのがグループワークの直前だったのが、もっと前、できれば初日あたりでグループの初顔合わせと、Jam Sessionの主旨説明、お題の提示(方向性だけでも)などがあると、一層よかったのではないでしょうか。そうすることで、初日から他のグループの人と話すきっかけにもなりますし、発表のテーマについて、事前にいろいろとコミュニケーションを深めること、異分野間でのインタラクションによってアイデアを深めることがより活発にできるのではないかと思います。言ってしまえば実習班よりも、Jam Sessionの班こそが「共演」としての本質ではないかと感じます。
ふたつめにはテーマの設定についてですが、酒井先生からプレゼンテーションスライドの中で「(心とは)コンピュータではまだ実現できない(仕組みがわかっていない)脳の機能を司る実体」という定義が示されました。この、「心とは」という定義が、これほどに多様な参加者においては、各々が異なる理解や哲学を持っていることが想像できるのです。つまり、「心とは何か」を議論するところから、Jam Sessionは始まらなければならないように思います。それはプレ・セッションでおこなわれても良いし、セッション時間の少々の延長化でも構わないと思いますが、そういったことを考えていました。
さて、自由に書かせていただきましたが、玉川大学に来てひとつ驚いたことは、高度に「人」が集積している場所であるということで、しかもその人びとというのは背景が多様です。多様な人材が集まると、思いもよらない方向性や可能性が見えてくる。それがきっとJam Sessionに秘められた可能性なのだろうと。研究とはひとりで完結できるものではないことは当たり前のことですが、自分発で他分野の知識、他領域の人々と強くかかわっていくことができるほど、越えられない壁が越えられるきっかけが生まれる。そのようなことを、三日目が終わりコースで知り合った仲間たちと一緒に去りゆく間際、緑のキャンパスを見ながらあらためて考えていました。