世界初、「アンダーマイニング効果」の脳活動を記録 −米国科学雑誌に論文を発表−
脳科学研究所の松元健二准教授(グローバルCOE研究協力者)とミュンヘン大学の村山航研究員らは、「アンダーマイニング効果(注1:ページ下部参照)」として知られる、課題の成績に応じた金銭報酬が課題への自発的取り組み(内発的動機)を低下させる効果を反映した脳活動を捉えることに世界で初めて成功しました。本研究成果は、米国の科学雑誌”Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America”(オンライン版)に、2010年11月15日に掲載されました。
課題の成績に応じて得られる金銭報酬は、一般に、その課題に対するやる気(動機づけ)を高めると信じられています。その一方で、金銭報酬を与えることによって、課題への自発的取り組み(内発的動機)を低下させることが「アンダーマイニング効果」として知られています。
これまで、内発的動機に基づいて自発的に課題に取り組む状況を実験場面に持ち込むことが難しかったため、内発的動機の脳内メカニズムの解明には全く着手されていませんでした。今回、自発的に楽しむことのできる課題を開発し、課題の成績に応じて金銭報酬が貰えることを約束して課題を行ったグループ(報酬群)と、そのような約束なしに課題を行ったグループ(対照群)とに分け、課題を行っている最中の脳活動を計測しました。その結果、成績に応じた金銭報酬が内発的動機を低下させる際の脳活動の様子を捉えることに、世界で初めて成功しました。
本研究は、行動実験でしか認められていなかった内発的動機のアンダーマイニング効果の実在性を脳科学的に強く示唆するものです。この研究成果は、自発的な学習意欲を促す教育法の開発に貢献するとともに、ひいては個々人のやる気に満ちた活発な社会の実現にもつながるものと考えられます。
Neural basis of the undermining effect of monetary reward on intrinsic motivation
PNAS 107 (49) 20911-20916, 2010
(金銭報酬による内発的動機アンダーマイニング効果の神経基盤)
村山 航(ミュンヘン大学)* 研究グループ責任者
松元まどか(玉川大学脳科学研究所)
出馬圭世(玉川大学脳科学研究所)
松元健二(玉川大学脳科学研究所)* 研究グループ責任者
大学生男女28名の実験参加者を、課題の成績に応じて金銭報酬が貰えることを約束して課題を行ったグループ(報酬群)と、そのような約束なしに課題を行ったグループ(対照群)とに分け、自発的に楽しむことのできる課題(図1上)とそうでない課題(図1下)とを行って貰った。課題に取り組んでいる最中に、金銭報酬を貰う前と貰った後とで脳活動がどのように異なるかを、磁気共鳴画像撮影装置(MRI)を用いた脳機能イメージング法で調べた。
<図1>実験に用いた課題の模式図
自分の手でストップウォッチをできるだけ正確に5秒で止める課題は、自発的に楽しむことができる。4.95〜5.05秒の間で止めることができれば成功として、ポイントを加算した。報酬群は1ポイントごとに200円の金銭報酬が貰えることが約束されていたが、対照群はそのような約束は一切無かった。
ストップウォッチが自動的に止まった後に、機械的にボタンを押すことを求められた課題は、自発的には楽しむことができない。成功/失敗がそもそもないので、ポイント加算もなかった。
報酬群、対照群とも、金銭報酬を実際に貰う前には、課題を行っている最中に前頭葉と大脳基底核とが連動して活動した(図2左)。金銭報酬を貰った直後の3分間の自由時間に、対照群は、実験に用いた課題を自発的に頻繁に行ったのに対し、報酬群は、同じ自由時間に、この課題を自発的に行うことはほとんどなかった(図3)。この行動の違いは、成績に応じた金銭報酬を獲得するために課題をこなした報酬群では、課題の遂行自体を楽しむ内発的動機が低下した(アンダーマイニング効果)ことを示している。続いて金銭報酬がもはや得られないことを明示した条件で課題を遂行しているときには、前頭葉と大脳基底核の連動した脳活動が、報酬群では著しく低下したのに対し、対照群ではそのような脳活動の低下は見られなかった。(図2右)。
<図2>アンダーマイニング効果を反映した脳活動
第1セッションで、報酬群は課題の成績に応じて金銭報酬が貰えることを約束して課題を行ったが、対照群はそのような約束なしに課題を行った。両群とも、自発的に楽しめる課題が教示された際に前頭葉が、続いて成功の結果が表示されたときに大脳基底核が活動を高めた。第1セッション終了直後に、報酬群には約束通り、成績に応じた金銭報酬を与え、対照群には、成績とは無関係に、報酬群と同額の金銭報酬を与えた。続く自由時間の後、金銭報酬がないことを明示して課題を行った第2セッションでは、第1セッションで見られた脳活動が報酬群では消失したが、対照群では保たれた。
<図3>自由時間に課題を自発的に行った回数
各実験参加者は、第1セッション終了直後に金銭報酬を貰い、その後、3分間の自由時間が設けられた。この間、実験参加者は、実験に用いた2種類の課題が自由に行えるパソコンと何冊かの雑誌が置かれたテーブルと椅子、そして荷物を保管したロッカーが置かれている部屋に一人で残された。この自由時間には、実験に用いた2種類の課題を含めて、何をしてもよかった。
この研究成果は、脳内の認知処理の中枢である前頭葉と価値計算の中枢である大脳基底核とが協同することによって、内発的動機が支えられていることを示唆すると同時に、行動実験でしか認められていなかった内発的動機のアンダーマイニング効果の実在性を脳科学的に強く示唆するものである。
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