日時 | 2006年11月6日 |
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発案者 | 天野薫(NTTコミュニケーション科学基礎研究所) / 小泉昌司(玉川大学) |
知覚速度の違いによって生じた空間的な位置ずれを、視覚系が脳内の振動周波数(アルファ波)に基づいて補正している可能性がある。
人間の視知覚がいつ、どのようなメカニズムによって成立するのかについては、近年数多くの研究が行われているものの、その詳細は明らかになっていない。そこで本研究では、視覚刺激に対する反応時間(Reaction time: RT)と脳磁図(magnetoencephalography: MEG)を同時計測し、Integratorモデルを用いて、脳活動の変化からRTの変動を説明することを試みた。本モデルではMEG反応を時間積分し、その値がある閾値を越えると刺激の検出がなされるものと仮定した。ランダムドットのコヒーレンス変化刺激と赤/緑グレーティング刺激を使用し、それぞれのコヒーレンシー、色コントラストを変化させた。その結果、運動刺激に誘発されるMT野の反応にIntegratorモデルを適用するとコヒーレンス変化に伴うRTの変化を非常によく説明できることが明らかになった。さらに、試行間変動、すなわち同一の運動刺激に対する検出の可否や、RTの長短をMEG反応の変化によって説明することに成功した。一方、色刺激に誘発されるMEG反応は、V1/V2の反応をIntegratorへの入力に用いるとRTの変化を完全に説明できないのに対し、V4の反応を入力に用いるとRTの変化をよく説明できた。これらの結果から、高次視覚野における応答の時間積分が一定の値を超えた時に、視覚刺激に対する検出がなされることが示唆された。
講演の後半では、Motion induced spatial conflict(色差のみによって定義された境界の運動と輝度差によって定義された境界の運動を空間的に近い位置に配置すると、前者の境界がjitterして知覚される現象、Arnold and Johnston, 2003)によるillusory jitterの知覚とMEGの関係を調べた研究を紹介し、知覚速度の違いによって生じた空間的な位置ずれを、視覚系が脳内の振動周波数(アルファ波)に基づいて補正している可能性について考察する。
われわれは、判断のもとになる情報を環境の中から取り出し、それ以外の情報を無視する選択的注意の能力を有している。例えば、信号機は色で判断され、ランプの位置や明るさなどそのほかの属性が意識されることは少ない。ところが、時に無視すべき情報が判断に使われる情報に干渉することもある。このような干渉を示す課題として、Stroopテスト(Stroop,1935)がよく知られている。テストでもとめられる反応はインクの色を答えることであるが、もしインクパッチの代わりに、色インクで印刷された色彩語(あか、あお等)を用いた場合、誤りは増加し、課題遂行に余分な時間を必要とすることが知られている。読字という日常的に頻度が高く自動化された行動が、色を答えることに干渉的に働き、その抑制のためのコストがStroop効果として現れると考えられている。前頭の損傷では、この効果が顕著になることから、干渉の低減に前頭が何らかの役割を果たしていることも考えられている。
前頭前野を不活化すると、色判断で無視しなければならない 動きの情報が干渉するようになります。これは、Stroop課題 で、色判断に読みが干渉する場合と同様、選択的注意の不全 が生じたためと思われます。
われわれは、多次元の視覚的go-nogo判断課題を訓練したニホンザルを用い、前頭前野が選択的注意による判断にかかわっていることを明らかにしてきた。刺激は色(赤、緑)のついたランダムドットで構成され、左右いずれか動くようになっている。凝視点の色によって指示された選択すべき次元(色か動き)の次元の情報にしたがってサルはgo反応またはnogo反応をする。刺激は、その試行で無視すべき次元が示している反応のタイプとの組み合わせによって、一致型と不一致型に分けることができる。色次元でも動き次元でも同じ反応(goかnogoのいずれか)を示す刺激は一致型であり、注意すべき次元によってgo-nogoが入れ変わるような刺激が不一致型である。そして、十分に訓練されたサルであっても、後者にStroop効果様の干渉コストがみられることを報告してきた。
今回の実験では、GABAaアゴニストのmuscimolよる前頭前野の一時的な不活化がStroop様効果に与える影響を検討した。これまでの研究で色判断に関連したneuronが多く見つかっている前頭前野外腹側部へのmuscimol注入では、色注意条件においてgo不一致型でエラーの増加が見られた。動き注意条件では増加はなく、nogo刺激では、一致型・不一致型、いずれも注意条件に関わらず効果は生じなかった。
注入効果は、特定の注意条件、刺激のタイプに限定的に生じていることから、覚醒や般的な注意、反応生起の遅延によって生じたものでなく、選択的注意過程の関与がある。効果は色注意条件においてのみ生じていることから、不活化により生じた不十分な色判断処理は属性間で処理の不均衡を増し、その結果、相対的に有意となった動き判断によって誤反応が生じたと考えることができる。これは、Stroop testで読字処理の優勢が色判断に干渉を与えていることと相同の現象であると考えることができ、Stroop効果と選択的注意の関係、前頭の関与を検討していく材料になると思われる。