人間は外界の環境と相互に情報交換しながら、生きるために変化する外界に適応し、また外界に働きかけて外界を修正して生活を営んでいます。そのためには、外界の状況を的確に認知、認識し、変化する外界の情報を予測し、計画をたてる機能を脳内に創りださねばなりません(外界の脳内モデル−図1)。そこでは行動によって外界に働きかけ、その外界からの応答を感覚系でとらえ変化する外界を予測して次の行動を決定します。その行動が外界に適合しなければ脳内のモデルを修正するダイナミックな情報処理が存在しています。この過程で、人間は学習と記憶を用いて、外界の世界を脳内に写し取り、外界の脳内モデルを創ります。このモデルは外界からの入力がなくても外界の脳内モデルとして予測や推論や新しい情報を創りだすのに役立っています。
図1 情報を創り出す脳
いっぽう、人間は、新しい創造的活動に意欲を燃やし、新しい価値判断や新しい情報の創成を成し遂げてきた動物でもあります。信じることから展開する宗教的世界、理性的思考による哲学的世界、科学や技術の発明発見の世界、また、現実的な世界を離れたイマジネーションで楽しむ世界もあれば、芸術的創造の世界もあります。そこでは、外界の脳内モデルを用いて、推論や感性によって新しい情報を創り上げていくダイナミックな思考過程が存在します(情報創成の世界−図1)。推論は論理や因果律に基づいて問題解決を試みるのに対し、感性や情動では論理構造を持たない直感に基づいています。この情報創成の世界は外の世界とは独立に働くこともできます。人間はこの世界が特別に発達し、サルと比較して格段の能力を持つに至ったと考えることができます。この2つのダイナミックなシステムが互いに主体性と協調性によって相互作用し、学習と記憶によって脳内世界を形成しています。信念や欲望や情が自由意志のもとで両システムを駆動するエネルギー源となっています(図1)。
この情報を生み出す脳を研究することこそ「人間とは何か」を追求することになります。この研究過程と成果こそ教育に役立てる原点であると考えます。全人的人間科学プログラムはこの目標に向かって着実に歩むことです。