小さな子どもは、語彙を獲得していくとき、耳にした単語の意味を自分で推測するしかない。たとえば、おとなはよちよち歩きの小さな子どもに向かって、すべり台をすべりおりている少し大きな男の子を指さし、「ほら、シゲルチャンだよ」とか「スベッテイルね」と言ったりする。このとき、「シゲルチャン」は今すべり台をすべりおりている男の子の名前でほかの大きい男の子は「シゲルチャン」ではないこと、また、「スベッテイル」は、「オリル」のようなある方向への移動を表しているのではなく、移動のしかたを表しているということを、子どもは即座に推測できるのだろうか? できるとすれば、それはいつごろから、どのようなことを手がかりにして、できるようになっていくのだろうか。本報告では、小さな子どもはどのようなやり方で、耳にした単語の意味をうまく推測しているのか、また、そのやり方は子どもの発達にともないどのように変化していくかについて、我々のこれまで得てきたデータを見ながら考えてみたい。
私たちは赤ちゃんを寝かしつけるときに子守歌を歌う。子守歌には、赤ちゃんを落ち着かせ眠りへと導く効果が、実際にあるのだろうか。子守歌のどのような要素がそのような効果をもたらすのだろうか。英語圏の母親の歌声を調べた研究では、乳児を寝かしつけるときの子守歌と、乳児の注意を引きつけるような遊び歌では、それぞれの音響的特徴が、乳児に異なる作用を持つことが示唆されている。乳児に対する養育者の語りかけ(育児語/マザリーズ)のように、乳児に対する歌声にも、時代や文化を越えた特有の音響的特徴があるのだろうか。そこで我々は、母親261名への調査から、子守歌としてよく歌われている「ゆりかごの歌」と「ぞうさん」の2曲を取り上げ、実際の母親の歌声の音響的特徴を調べた。本報告では、声の高さと歌の速さについての分析結果を紹介し、乳児の在・不在の影響や、母親の好みとの関連について検討を行う。
3歳前後のこどもは、しばしば単語中の音を誤って発音してしまうことがある。その多くは「らいおん」を「だいおん」と発音するような、単語の中の音が別の音に置き換えられる誤りである。このような言い誤りが起こりやすい音のペア「ら」と「だ」は、聞き分ける能力の発達も遅いのだろうか?この疑問を出発点として、膨大な数の単語を学習していく過程で、単語を構成する音を赤ちゃんがどのように知覚・認知し、似たような単語を正しく学習するのか、という問題を検討したい。
はじめに言い誤りが起こりやすい音を聞き分ける能力の発達について、8-15ヶ月齢の赤ちゃんを対象とした音声知覚研究を紹介する。次に、こうした音を聞き分ける能力の発達に対して、母親から赤ちゃんに対する発話がどのように影響するかという点を、母親の発話分析をもとに考察する。
実年齢は4歳であっても、語彙年齢は3歳3ヶ月のこどももいれば、8歳に達するこどもいて、語彙の発達には個人差がある。語彙年齢の発達には作業記憶の中の音韻ループが重要な役割を果たすと言われ、無意味語を反復する能力がこれに密接に関ることが、英語、中国語について近年の研究で明らかにされてきた。さらに、4歳のこどもの無意味語反復能力は、5歳時の語彙サイズをも予測するという。
そこで今回の研究では、音韻システムが異なる日本語においても、同じ関係を予測できるのかどうかを明らかにすることが目的である。1)日本語のこどもの無意味語反復能力は語彙サイズを予測できるか? 2)どの年齢のこどもの無意味語反復が、語彙サイズを正しく予測するのか? 3)母語の知識は無意味語反復の 成否にどのような影響を与えるのか? 4)4歳時の無意味語反復能力は、5歳時の語彙サイズを予測するのか? 最後に、無意味語反復の過程で明らかになった日本語の音韻特徴について触れると共に、外国語習得に生かせる無意味語反復の効用についても議論する。