我々が感じる「心」という存在は、脳という物質的な基盤にありながら、その個々の要素を超えて新しい情報を創生する複雑な機能を持っています。その理解は、現代社会がかかえる多様な問題に対する対応策を示してくれるものと考えます。この目的のため心のしくみ研究部門では、行動観察による乳幼児の言語発達研究、哲学における生命観研究、および障害のある脳の研究を通して、直接的な脳の研究では難しい心の多様な側面を解明しようとしています。
乳幼児発達研究グループでは、幼児が言語を獲得するしくみについて研究を行っています。幼児の言語の発達はそれ自体がとても興味深いものですが、このグループは「言語を獲得するために子供たちが身に着けるしくみ」をより詳しく知っていくことで、言語獲得という極めて人間的な行動の背後にあるヒトという種に特異な知的能力の原理を明らかにしようとしています。そのため本グループでは行動研究を基本として、(a)幼児の語の分節化能力と言語獲得能力の関係とその創発過程についての科学的な研究、(b)名詞および動詞のすばやい学習を可能とする幼児の語彙獲得バイアスの深い分析、を中心に研究を行い、全体として脳がいかなる経過をたどって言語能力や問題解決能力を獲得していくのか、その過程の解明を進行させています。
生命観研究グループでは、(a)機械的な生命観を超えた新しい生命システムの考え方についての議論と、(b) 認知・知覚・意識についての議論のフレームについて検討がなされ、生命や心、意識を生み出し育てる媒体としての脳が本来持つべき機能と、その脳が存在して相互作用を行う実世界との関係についての議論がなされました。生命観研究グループでは、脳科学研究施設「生命観」部門と連携し、毎回ゲスト講演者を招き、脳科学と哲学とのインタラクションをねらって合計10回の研究会を開催してきました。この領域ではこれが研究の基本的な方法であり、研究グループ外とのインタラクションを活発に行なわれました。
病態脳研究グループでは、統合失調症の患者さんの行動と脳の機能の関係について、真理的な行動調査とfMRIによる脳計測を組み合わせ、調べています。統合失調症はいまだそのメカニズムが明らかではない病気であり、その症状と脳活動の関係が明らかになることは、その病気の根本原因の理解および行動的な療法の開発につながります。さらに、そのような心の病の理解は、我々が「心」と呼んでいる機能のしくみの解明にもつながります。