館蔵資料の紹介 2020年
玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 2020年 > 内外名家 體育論集
黒沢 勇(編輯) 日本体育会(発行)
縦18.8×横12.7㎝ 1902(明治35)年
1891(明治24)年、日高藤吉郎(1857〜1937)が体育振興をはかり体育会(後に日本体育会と改称)を創設する。『内外名家 體育論集』は同会発行の体育に関する論文、講話、演説、談話の集録である。
特に興味を覚えた文章が警視庁警察医長であった山根正次(1858〜1925)の報告である。山根は日本体育会の委嘱を受けて1900年、パリ万国博覧会の時に開催された万国体育会議に参加し、その報告を「欧米教育の状況」という題名で、東京府九段偕行社において開かれた日本体育会委員集会で行った。このなかで、山根は万国体育会議で女性参加者が積極的に議論する姿に注目し、「兎に角我邦には見られない異色」と表現している。また、女子生徒によるスウェーデン体操を見学すると共に体操場付設の大きな浴場に驚いている。
後に山根はギリシア皇太子から1906年にアテネで開催される近代オリンピック10周年特別記念大会への招待状を受け取るが、この大会への日本の実際の参加は叶わなかった。