館蔵資料の紹介 2014年
玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 2014年 > 澤柳政太郎筆蹟
1幅 紙本墨書 掛軸装
大正8–昭和2(1919–27)年か
縦128.0×横30.3cm
「三月春寒花尚浅 一篇煙重雨初成」という聯句で、春3月とはいえ桜が咲くにはまだ寒く、各所に昇る火をたく煙が雲になり、暖かさを呼ぶ春雨を降らす、といった意味であろう。
揮毫(きごう)した澤柳政太郎(さわやなぎまさたろう)(1865−1927)は、信州松本に生まれ、帝国大学(現東京大学)文科大学哲学科を卒業し、文部省に入る。入省2年で課長、10年で普通学務局長に就くと8年間在任し、さらに次官に昇るなど、文部官僚として要職を歴任する一方、第二・第一両高等学校、東京高等商業学校、高等師範学校の各校長、東北・京都両帝国大学の総長としても手腕を発揮した。京大総長を最後に、官界からも退くと、私立の実験学校である成城小学校を創立し、校長として大正新教育運動を牽引した。
後に玉川学園を創立する小原國芳にとって澤柳は、成城小学校主事にと広島から東京に呼び寄せ、成城を舞台に全人教育の提唱・実践に邁進の機会を与えてくれた恩師であった。本資料は、相当以前から玉川学園内にあったようで、おそらく小原かその周辺が、澤柳から贈られたものと想像される。