館蔵資料の紹介 2007年
玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 2007年 > 能面「深井」
髙津紘一 作
髙津紘一氏寄贈資料
撮影/斉藤雄致
中年の女面。品格をたたえながらも虚ろな瞳と口元が悲哀に満ちた心の内を表現し、子どもを失った母親の役に用いられる。
『隅田川(すみだがわ)』では、行方不明となった愛しい我が子を捜し求めて京から江戸へ下り、半狂乱となった母親が隅田川を渡る。折しも川岸の塚を囲んで大念仏が行われており、ここで哀れな子どもを弔った一周忌であることを渡し守が語り聞かせると、母親はその塚こそが我が子の塚と悟る。我が子が京で人買いに連れ去られ、病にかかってこの地で捨てられて死んだことを知って深く嘆く。夜半、母親が塚の前で念仏を唱えると、子どもの声が聞こえ、姿が見えるが、抱こうとすると幻は夜明けとともに消え、後には塚だけが残るのである。
この悲劇の演目は、近世になって歌舞伎や浄瑠璃に影響を与え、多くの「隅田川物」を生んだ。
失った子どもの行方を母親が捜し回る演目には『隅田川』のほか『百万(ひゃくまん)』『三井寺(みいでら)』などがあるが、流派で用いる面が変わり、観世流では「深井(ふかい)」を、金剛流・喜多流などでは「曲見(しゃくみ)」を用いる。