館蔵資料の紹介 2006年
玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 2006年 > 第二連語図
文部省
和紙・木版色刷
縦75.6×横58.8cm
明治7(1874)年
明治期の教育の場に掛図があらわれたのは明治6(1873)年で、発行したのは東京師範学校であった。東京師範学校は明治5(1872)年に編集局を設け、欧米の教科書を参考に、翻訳や翻案によって学校教育における教科書の刊行にあたっていたが、翌6年に米国で初等教育用に刊行されていた各種の掛図を模して、写真の連語図(第一~八)をはじめ、五十音図(片仮名)・五十音草体図・濁音図・数字図・羅馬(ろうま)数字図・算用数字図・加算九九図・乗算九九図・形及体図(けいおよびたいず)・線及度図(せんおよびどず)・単語図(第一~八)・色図(二種)など計28枚を製作した。同年5月以降文部省は各府県での翻刻発行をすすめ、全国各地に創設された小学校において広く使用されるようになった。翌7年8月師範学校編集刊行の児童用教科書は多くが改版され、掛図も伊呂波図(平仮名)などが追加されて計30枚になった。なお各地で翻刻されて普及したのは、この7年改版の掛図である。