館蔵資料の紹介 1997年
玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 1997年 > 平家物語絵巻下絵指図集
「厳島御幸」場面の指図
紙本墨書
28.2×41.2cm
先日終了したばかりの当館開館10周年記念特別展「江戸時代の学校─藩校」の出品資料で多くの観覧者の注目を集めた資料のひとつに写真の『平家物語絵巻下絵指図集』がある。これは松平定信(宝暦8-文政12年)が『平家物語』を絵巻にすることを計画した時に絵師とやりとりした指示図である。ほとんどは和紙に墨書きした断簡で、全部で140枚ある。現在1枚ずつ調査中のため、その詳細はまだ十分にとらえることはできないが、資料群は定信自身が絵師に情景、人物の配置、装束、持ち物などを細かく指示したもの、絵師の筆による白描の下絵と下絵に定信が指示を書き加えたもの、絵巻を描くために参考にしたと思われる他の絵巻などからの写しが混在したものになっている。
「祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり」という有名な文章ではじまる『平家物語』 は、平氏の活躍や悲劇的な滅亡を主題としたものであるが、作者や成立の年代については古くから諸説を生んでいる。吉田兼好の『徒然草』によれば信濃前司行長(しなのぜんじゆきなが)がつくり、生仏(しょうぶつ)という名の盲目の琵琶法師に語らせたとしている。その後茸琶法師たちによってさまざまに語りつがれてきたためか、多様な異本が存在する物語となっている。しかし、絵巻としてはその伝存が少ない。
定信が制作したという絵巻は『新考平家物語図巻』といわれ、残念ながらその存在は現在のところ不明である。『古画備考』によれば竹澤養渓(ようけい)・伊舟(いしゅう)父子が『新考平家物語図巻』を描いたとしている。また林原美術館所蔵資料を載せた『平家物語絵巻』12(1995年、中央公論社)ではニューヨーク・パブリック・ライブラリーの所蔵するスペンサー・コレクションにこの『新考平家物語図巻』制作の前段階である『平家物語絵巻下絵 七巻』があるという。とすれば当館所蔵の指図集は『平家物語絵巻下絵 七巻』の制作前のもので、つまり『平家物語絵巻下絵指図集』→『平家物語絵巻下絵 七巻』→『新考平家物語図巻』という図式が成り立つ。定信といえば「寛政の改革」を行った中心人物で、政治経済だけでなく学政にもその手腕をふるうとともに、自然や芸術を愛し、『宇下人言(うげのひとこと)』『花月草紙』『集古十種』など多くの著述や作品を残した人物である。この資料群はそうした定信の感性や思想をより明確にできる貴重な資料といえよう。