玉川大学教育博物館 館蔵資料の紹介(デジタルアーカイブ)

教育博物館では、近世・近代の日本教育史関係資料を主体とし、広く芸術資料、民俗資料、考古資料、シュヴァイツァー関係資料、玉川学園史及び創立者小原國芳関係資料などを収蔵しております。3万点以上におよぶ資料の中から、月刊誌「全人」にてご紹介した記事を掲載しています。
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館蔵資料の紹介 1991年

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近代学校制度としての『学制』

近代学校制度としての『学制』

『学制』の序文として載せた太政官布告の初葉(左)、その末葉(右)
出雲寺版
明治5年
22.5×15.2cm

写真は明治新政府が国民皆学をめざした近代学校制度として明治5年8月に公布した『学制』です。この学制は文部省の設置(明治4年)により、その企画のもとに起草されたものです。この学制の公布に際して本文の冒頭に太政官布告を「学制序文」として載せ、「人々自ら其身(そのみ)を立て其産(さん)を治(おさ)め其業(げふ)を昌(さかん)にして以て其生(せい)を遂(とぐ)るゆゑんのものは他(た)なし身を脩(おさ)め智を開き才芸を長ずるによるなり而(しかり)て其身を脩め智を開き才芸を長ずるは学にあらざれば能(あた)はず是れ学校の設(もふけ)あるゆゑんにして」と、学校設立の趣旨述べ、「学間は身を立(たつ)るの財本(ざいほん)ともいふべきものとして」と、立身、治産、盛業のための学問を学ぶよう説いていいます。さらに「一般の人民(華士族卒農工商及婦女子)必ず邑(むら)に不学の戸なく家に不学の人なからしめん事を期す」「幼童の子弟は男女の別なく」と、国民皆学のための学校であるとして父兄への徹底を図っています。

学制の第一章において、全国の学制は文部省が統轄することを定め、全国3府64県を7大学区に分け、各区の大学本部を東京、大阪の2府、愛知、石川、広島、長崎、新潟、青森の各県とし(翌年石川県を除いて7大学区に改正)、1大学区を32中学区に、1中学区を210小学区に分け、1大学区に1大学、1中学区に1中学校、1小学区に1小学校を設けるとしています。その学校設置費は住民負担とし、授業料を納付することを規定しています。また海外留学生の規定も設け、欧米文化の摂取に力を入れています。

本学制起草に際しては早くから欧米の教育制度に関する文献を収集し参考にしていました。『和蘭学制』は明治2年に開成学校から刊行されており、本学制と類似した点があり、少なからず影響がみられます。最も大きく影響したのがフランスの学制で、学区制などの大綱づくりの手本としました。これは学制公布後の6年に文部省で『仏国学制』として刊行しました。また、教育内容はアメリカ合衆国の影響が強いなど、できるだけ多くの国から先進の方法をとり入れようとしました。

学制公布後、小学校の開設は全国各地で急速に進みましたが、その多くは従来の寺子屋、私塾、郷校など庶民の教育機関を再編したものでした。中学以上の学校も徐々に整えられましたが、その中には私立学校が肩代りをしているところも多くありました。

「全人」1991年5月号(No.515)より

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