館蔵資料の紹介 1990年
玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 1990年 > 恩物紹介の訳書『幼稚園』
『幼稚園』桑田親五訳
稲垣千穎・那珂通高・飯島半十郎校訂
明治9年文部省刊
(左)上・中・下巻 (右)上巻見返しと訳者の総論
写真は、わが国の幼稚園教育における実際保育の方法に関する、最初の書物です。ちなみに、「幼稚園」という文字を書名に使用した最初の出版物でもあります。本書は、明治9年1月に文部省から発刊されたもので、日本に最初の国立幼稚園(東京女子師範学校附属幼稚園)が開設された明治9年11月より以前の刊行物であり、幼稚園開園後の実際保育に大いに影響を与えました。幼稚園史上、最も意義のある保育書の一つであり、それらの最初の書としても貴重なものといえます。
本書は、桑田親五氏による、英国人ロンジ夫妻共著の訳書(上・中・下巻の3冊)です。
内容は、恩物(おんぶつ)のこまかい扱い方を紹介したものです。恩物は、フレーベルが考案した教育玩具であり、ガーベ(Gabe=賜物)の訳で、神がこどもに賜わった玩具という意味ですが、恩物という日本語は、本書の後に発刊された関信三訳『幼稚園記』(明治9年7月刊)の中で、関氏が訳して使い、一般化した語です。桑田氏は、本書では、「玩器(てあそびもの)」と訳しています。なお、本書の上巻の総論には、桑田氏自身の幼児教育についての意見が述べられ、玩器(恩物)を用いた幼児の指導の大切さと、その任に当る者の心すべき点について力説しています。また、桑田氏は文中に「幼稚園(おさなごのその)」と、ふりがなをつけて読ませており、彼自身はフレーベルの創設したキンダーガルテン=Kindergarten(当時の訳・童子園(どうしえん)・幼稚院(ようちいん)・幼穉遊義嬉所(ようちゆうぎしょ)・幼稚園(ようちえん)など)の語意に、「子どもにやさしく、温かい花園」というニュアンスを感じて、「おさなごのその」としたものと思われます。こうした幼稚園(おさなごのその)を意識した配慮は、他の訳語にもよく見られ、「模様(かたち)」「方形(しかく)」「平方形(ましかく)」などのように、やさしいことば遣いにしています。
本書が公刊され、わが国初の国立幼稚園誕生の年は、フレーベルが世界最初の幼稚園を創ってから35年後にあたります。近代国家の形成を急ぐ明治政府は、欧米の文明の輸入に力を入れ、幼児教育の分野では、先進の、フレーベル主義幼稚園の導入を図りました。その一環として、本書などの訳書の公刊が続き、明治初期の幼児教育界に大きく影響を与えましたが、幼稚園は、一部上層階級の子弟のものに留まり、フレーベルの考えた、すべての子供の可能性を伸ばすものとはならず、また、フレーベルの真の精神よりも幼稚園の形式面のみが取り入れられ、その普及は停滞しました。