館蔵資料の紹介 1990年
玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 1990年 > 『徒然草』
『つれづれ草』写本上・下二帖
卜部(吉田)兼好著
万里小路淳房筆
貞亨2(1685)年
24.4×18.0cm
綴葉装
写真は、江戸前期の『徒然草』の写本で、万里小路淳房(までのこうじあつふさ)(1652-1705)の筆によるものです。その体裁は「綴葉装(てっちょうそう)2冊本。藍地に金泥で霞の横縞模様に重ねて竹、梅、草花を描いた和紙の表紙。中央に題簽(だいせん)があり『津連ゝゝ草上』と『徒禮ゝゝ草下』と墨書してあります。本文は1面9行書写、上冊83枚、下冊69枚」で、243段からなる完本です。
『徒然草』は鎌倉末期から南北朝時代の歌人、学者である卜部(吉田)兼好の随筆で、内容は多方、多義にわたり、人間通の教養の書として有名ですが、その成立事情については不明確な点が多々あります。書名の命名者が作者自身か後人かの問題や、文の原形態についても未確定で、議論のあるところです。写本、刊本は多数残されていますが、異文や章段の配列が異なるものがあり、原形態の確定判断をむずかしくしています。これら諸本の系統類別も議論のあるところですが、次の四系統分けが一般的になりつつあります。
- 烏丸光広(からすまるみつひろ)本(古写本に光広が校訂し、慶長18(1613)年刊行で、最も流布した古活字本。現今の殆どの活字本の底本)
- 正徹(せいてつ)本(現存最古の写本。室町時代の歌人清巖正徹(1380-1458)の書写)
- 常縁(つねより)(室町中期の写本。歌人東常縁(とうのつねより)(1401-94)の写しとあるが疑問。章段の配列が他本とかなり異なる)
- 幽斎(ゆうさい)木(慶長のころの写し。伝細川幽斎(1534-1610)筆とあるが疑問)
本書の文態は、主流は烏丸本系ですが、かなり幽斎本と正徹本系が混入しています。その文選は淳房自身の解釈によるものかどうか、さらに他本との比較研究が必要です。
書写の淳房は江戸前期の公卿で、貞享(じょうきょう)3(1686)年に権大納言に昇格していますが、本書の奥書に「貞享2年仲冬下旬権中納言淳房書之」と明記していますので、権中納言最後の年に完結したことになります。『国書総目録』(岩波書店刊)に掲載の写本は70余冊ありますが(本書は未掲載)、上下巻揃い、書写年が明確なものとして、本書は貴重な資料といえましょう。また、書の研究資料としても貴重です。淳房は、延宝から天和(てんな)へと年号改元にあたっての勘文(かんぶん)を執筆している能書家です。本書は、文末まで一貫して、丁寧で、読み易く書かれています。扁平な字形は特有な書風であり、力強く、伸びやかで、祖先の万里小路賢房(かたふさ)と同じ三条流(三条西実隆を師とする)の影響を伺わせます。