館蔵資料の紹介 1996年
玉川大学教育博物館 > 館蔵資料の紹介 > 1996年 > フォートリエ「植物」
油彩・カンバス
1963年制作
89×130cm
藤沢武夫氏寄贈資料
薄い紫色に塗られた地に、白を主体にした絵具がぶ厚く中央部にほぼ四角形に置かれ、薄い緑と青で彩色されたその上に棒のようなものでぐにゃぐにゃと線というか溝のようなものがつけられている。この絵画の特色は、全体の淡い中間色の微妙な色調もさることながら、中央部分の厚塗り(haute-peint)とそこにつけられた条痕のもたらすマティエール(物質感)とテクステュール(肌合い)にあり、これは図版では窺うことができない。直接、作品を観て頂くしかない。
しかし実際にこの作品を観に足を運んで頂いたとしても、戸惑われる方が多いのではないかと思う。何が描いてあるのか分らず、面白くも何ともないと。ところがもう10年も前のことになるが、この作品を初めて観た私は大いに感動し、わが教育博物館がこれを所蔵していることに驚いたのである。アンフォルメルのいまや伝説的となっている作家の作品があるとは予期していなかったからである。
パリ生れのフランスの画家ジャン・フォートリエ(Jean Fautrier 1898-1964)は第二次世界大戦中レジスタンスに参加し、その体験をもとに制作した<人質>シリーズを戦後の1945年に発表、これをマキ(抗独レジスタンスの組織)を指揮していた作家のアンドレ・マルロー(後の文化大臣)が絶賛したことから一躍パリ画壇で名声を得た。
このフォートリエやデュビュッフェ、ヴォルスらを先駆として、マテュウ、リオぺル、アペルらの抽象絵画をアンフォルメル(I'informel 不定形なものの意)と名付けたのは批評家ミシェル・タピエであり、1952年に彼自身の企画した美術展《アンフォルメルの意味するもの》(Signifiant de I'informel)においてこれを明らかにした。
アンフォルメルはそれまでのいわば定式化した抽象美術を排して、強靭な個性にもとづく自由にして独自な抽象表現をいうとしてよいが、これが我国に紹介されたのは昭和31(1956)年晩秋朝日新聞社の主催で開かれた《世界・今日の美術展》においてであった。大学生の私はそこでフォートリエの<人質>に初めて接し、その不可思議な厚塗りに感銘したのを今も覚えている。