談話会報告

第101回 談話会
(2015年1月16日/私立大学戦略的研究基盤形成支援事業 第12回 講演会)

視覚野の計算モデルに音を学習させる:大脳新皮質の計算原理解明に向けて

寺島 裕貴 氏
(NTTコミュニケーション科学基礎研究所 研究員)

「大脳新皮質に共通する計算原理を明らかにするためには、複数領野を比較する必要がある。」この寺島氏の最初の主張に対して、早速、議論が起こった。「これまでも、異なる皮質領野間の機能を比較してきたのでは?」「例えばMRIでは、ある課題を被験者にして貰いながら、全脳から活動を計測し、共通のフォーマットで比較しているではないか」。寺島氏の回答はこうだ。「比較する領野間の活動を共通に変化させうるパラメータで比較する必要がある。」寺島氏自身の研究が、まさにその主張を実現するものだった。第一次視覚野と第一次聴覚野を比較する上で、それぞれに入力する視覚刺激と聴覚刺激の物理特性を、topographyと時系列という共通のフォーマットに置換した。すると、自然視覚刺激は、空間位置上の距離が近いほどその入力値は相関が高く、離れるほどその相関は失われるが、自然音声刺激(人の音声)の場合は、周波数空間上の距離が近いほど、その入力値に高い相関が見られるだけでなく、やや離れた位置にも、局所的に高い相関が見られるという違いが現れた。このように同じフォーマットで表すと違いが明らかになる視覚刺激と聴覚刺激を、同じ学習則を持つ2層のneural networkに入力するシミュレーション結果を寺島氏は提示された。視覚刺激入力に対しては、生理実験の結果と一致して、単純細胞に相当するような、特定受容野の特定の傾きの光線分に反応するユニットが、ノイズの極めて少ない視空間マップを形成する様子が、一層目に再現された。二層目には、複雑細胞に相当するようなより大きな受容野を持つユニットが再現された。一方、聴覚刺激入力に対しては、全く同じ構造と学習則を持ったneural networkであるにも関わらず、今度は比較的ノイズの多い、周波数空間マップが形成された。実際、これまであまり強調されてはこなかったが、第一次聴覚野の周波数空間マップは、第一次視覚野の視空間マップと比べてノイズが多いことも紹介された。しかも、第二層には、生理実験で報告されている、基本周波数を欠いていても主観的な高さが同一となる音に反応するピッチ細胞と同様の反応を示すユニットが形成された。これは、第一次聴覚野におけるピッチ細胞が、その形成過程において、第一次視覚野における複雑細胞と相同であることを意味することを示すと同時に、第一次視覚野と第一次聴覚野の間に共通する計算原理とその神経基盤が存在するという示唆を与える驚くべき所見だ。

さらに寺島氏は、このような発想のルーツを、生理学とは一見まったく無関係な言語学の発展の中に見出す。大脳新皮質の領野間にはその機能に大きな隔たりがあるのと同様に、さまざまな言語の間にも大きな隔たりがある。そして、古典的な言語類型学によるボトムアップな言語比較によっては、この隔たりを埋めることができなかった。一方、「共通原理がある」という前提で、トップダウンに共通原理としての普遍文法を想定した新たな理論言語学では、この隔たりを埋める試みが一定の成功を収めている。このように共通原理を前提に置き、その精緻化を図っていくというアプローチを併用することが、大脳新皮質の領野間の多様性を貫く共通原理を明らかにする上で有効であるとする寺島氏の提案は、今後、理論と実験とを統合した神経科学を発展させていくための洞察に満ちた科学方法論として受け取られるべきであると思われた。

日時 2015年1月16日(金)15:00-17:00
場所 玉川大学 研究・管理棟 507会議室
報告者 松元健二(玉川大学脳科学研究所 教授)

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