第80回 談話会 (2012年6月12日/グローバルCOE 第48回 若手の会談話会)
“かわいい”の認知行動科学
入戸野 宏 氏(広島大学大学院総合科学研究科・准教授)
本会では広島大学大学院総合科学研究科の入戸野宏先生に、認知行動科学アプローチによる“かわいい”についてご講演戴いた。“かわいい”は、日ごろ耳にしない日がないほど普及し、“粋”、“侘”、“寂”などと同じく世界中に広まっている、日本発の言葉である。先生は、この“かわいい”に対して、“かわいい”と認知される対象がもつ性質ではなく、“かわいい”と認知される対象から生まれる感情という側面から、かわいいとは何か? かわいいと何がよいのか? を解き明かす認知行動科学的研究を進められている。
先生の調べによると、“かわはゆし”という“恥ずかしい・気が引ける”という意味から“かわいい”が派生し、ある時代では、“うつくしい”が現在の“かわいい”に相当する意味をもっていたこともあったそうだ。また、“可愛い・カワイイ・かわいい”など、表記によって私たちの捉え方が異なることもおもしろい。新聞記事データベースからの調査では、“かわいい”は“可愛い”の4倍以上多く使用されているが、“うつくしい”と比較すると4分の1程度の使用であり、活字での使用頻度は予想に反して低いという傾向も明らかになった。かわいいと思う対象(無生物を含む)は、全般的に女性が非常に高い傾向を示し、性差が認められた(ただし、社会的望ましさからの影響が回答に含まれている可能性があるとも言及)。
このような“かわいい”は、おでこが大きい、顔がふっくらで丸いなどの赤ちゃんがもつ特徴を表すベビースキーマといった、“幼さ”との表現と関係が深いと考えられている。ところが、幼さは“かわいい”の十分条件ではなく、幼いものは何でも“かわいい”と認識されるわけではないという。研究結果から、単に小さい、丸いといった“幼い”に準じた特徴から、ある対象を“かわいい”と認知するのではなく、緊張などを生じさせず、保護したいという正の感情を喚起させる対象を示す形容詞が“かわいい”なのではないかと提案された。これは、“かわいい”は幼さという概念のみならず、接近動機や距離感といった注意や興味を正にひきつける表現が、“かわいい”だとする新たな捉え方である。さらに先生は、心理指標からの評価にとどまらず、生理指標を加えた尺度の開発も進められている。試行錯誤の中、“かわいい”への応答が高かった生理指標が表情筋であったことは、“かわいい”と最も相関が高かった言葉が“笑顔”であった先生の先行知見と一致することからも興味深い。
以上本講演では、“かわいい”の理解から“かわいい”を活かすことまでを目指した研究をご紹介戴いた。“かわいい”の捉え方の新たな提案や多くの示唆を与えられ、今後の展開が注目される素晴らしいご講演であった。
日時 | 2012年6月12日(火)17:00〜19:00 |
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場所 | 玉川大学研究センター棟 1階101演習室 |
報告者 | 加藤 康広(玉川大学脳科学研究所・嘱託研究員) |