第79回 談話会 (2012年4月27日/グローバルCOE 第47回 若手の会談話会)
部位特異的な中脳ドーパミン細胞の活動とその機能的役割
松本 正幸 氏(京都大学霊長類研究所・助教)
今回の若手の会では、京都大学霊長類研究所の松本正幸先生に、中脳ドーパミン細胞の機能的役割について講演していただいた。ドーパミンは中枢神経系に存在する神経伝達物質であり、運動調節や学習に関して重要な働きを持つことが知られている。ドーパミンを神経伝達物質として放出する神経細胞はドーパミン細胞と呼ばれる。中脳の黒質緻密部や腹側被蓋野と呼ばれる領域に細胞体が存在するドーパミン細胞は、予測より報酬が大きい時に活動を増加させ、報酬が予測より小さい時には活動を減少させる。このような応答特性から、ドーパミン細胞が大脳基底核の神経回路に報酬予測誤差信号を送ることにより、強化学習が実現されていると考えられてきた。
ドーパミン細胞が報酬予測誤差信号を表現しているのであれば、負の報酬である嫌悪刺激に対しては活動を減少させると予測される。松本先生は、アメリカ留学中にドーパミン細胞の嫌悪刺激に対する応答特性を調べられ、仮説とは逆の応答をするドーパミン細胞を発見された。つまり、予期せぬ報酬に加え、予期せぬ嫌悪刺激にも活動を増加させるドーパミン細胞である。この発見により、中脳には、価値を表現するドーパミン細胞と顕著性を表現するドーパミン細胞の二種類が存在していることが明らかとなった。さらに、これら二種類のドーパミン細胞の分布には部位特異性があり、価値を表現するドーパミン細胞は腹内側に、顕著性を表現するドーパミン細胞は背外側に分布していた。腹内側のドーパミン細胞は線条体の腹側部、背外側のドーパミン細胞は線条体の背側部や前頭前野に投射することが知られている。腹側線条体は学習に重要な働きをする一方、背側線条体や前頭前野は認知機能に関して重要な役割を持つことから、背外側に分布し、顕著性を表現するドーパミン細胞はワーキングメモリや注意といった認知的機能に関与することが考えられる。
そこで現在、松本先生は認知的課題である遅延見本合わせ課題を行なっている時のドーパミン細胞の活動を記録することで、顕著性を表現するドーパミン細胞の機能的役割について検討されている。課題遂行中のサルの中脳から、ドーパミン細胞の活動を記録すると、見本刺激に対して応答する細胞が見つかった。見本刺激は報酬を予測させ得るものではないため、この活動は報酬予測誤差では説明できない。このような見本刺激に対する応答は背外側に分布に存在するドーパミン細胞に多く見られた。さらに、見本刺激と課題との関連性を無くした対照実験において、このような見本刺激に対する応答は消失した。これらの結果は、背外側に存在するドーパミン細胞では、報酬予測誤差信号ではなく課題関連性情報(behavioral relevance)が表現されていることを示唆している。このようなドーパミン細胞からの信号が前頭前野に伝えられ、認知機能の実行に重要な役割を果たしている可能性が考えられる。
本講演では定説を覆すような、ドーパミン細胞の機能についてお話いただいた。特に、認知機能に関係した役割をもつ可能性があるということで、活発な議論が繰り広げられ、非常に有意義な講演であった。
日時 | 2012年4月27日(金)17:00〜19:00 |
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場所 | 玉川大学研究センター棟 1階101演習室 |
報告者 | 田中 慎吾(玉川大学脳科学研究所・嘱託研究員) |