第68回 談話会 (2011年5月27日/グローバルCOE 第36回 若手の会談話会)
記憶に関わる神経細胞・スパインは何割か?
〜記憶の素子を可視化する
山田 麻紀 氏(JSTさきがけ・さきがけ専任研究者)
本講演では、JSTさきがけの山田麻紀先生より、これまで行ってきた、記憶に関する一連の研究をご講演していただいた。神経活動依存的に発現すると考えられる、BDNF(脳由来神経栄養因子)、Arc(Activity- Regulated Cytoskeletal Associated Protein)、また、認知症モデルラットのスクリーニングによって、変化が観察された、CapZ(F-actin Capping Protein)の各種分子を指標に、記憶現象の解明には神経細胞の「個性」を考慮する必要がある、というお話であった。以下に講演内容を述べる。
分子科学では、対象が均一であるということを前提としがちである。しかし、実際は、どの活動で、どの程度の割合の神経細胞が、どう活性化するかということを考えることは重要である。
まず、活動依存的に増加するBDNFに着目した。生体内での発現様式を模しBDNF強制発現細胞を少数作成した。この結果、発現48時間後にBDNF発現細胞周囲でGAD65(GABA合成酵素)量が増加した。このことから、BDNF強発現神経細胞に投射する抑制性神経終末の選択的強化が考えられる。活動が上昇した履歴がありすでに強化された興奮性神経細胞に対して、抑制を強めることで、次に来た情報の上書きを防ぐのに寄与しているという、とても興味深い仮説を提示した。
次に、BDNFを強く発現する少数の神経細胞と学習の関連を調べた。文脈依存性恐怖条件付けを行った結果、BDNF強陽性細胞の数が増えた。このことから、一見均一に見える細胞集団内にBDNF発現でみると個性があり、学習に関係すると考えられた。
さらに、興奮性シナプスにおけるポストシナプス構造で、活動依存的に構造変化するとされるスパインにも注目した。神経活動依存的に発現するArcの発現の有無で神経細胞を分けて測定すると、新規環境探索60分後では、Arc陽性細胞には、大きなスパインが数%程度多いことがわかった。行動依存的に、短時間でのスパイン変化を捕えたのは初めてである。このことから、部分的なArc細胞の、少数スパインで記銘している可能性が考えられた。
最後に、脳弓海馬采を切断した認知症モデルラットを元に、片側施術した両側の海馬で2D-DIGEスクリーニング比較し、変化する分子としてCapZが確認された。CapZは、スパインにあるが存在量が一様でなく、LTPを起こした刺激部位(スパイン)に移動した。このことから、スパインにもCapZ存在での個性が考えられた。
以上、本講演では、分子というツールを用いて記憶を担う神経細胞やスパインの多様性を捉えた、先生のこれまでの研究をご紹介いただき、「個性」に関して多くの示唆を与えられた。今後の展開も注目される、大変素晴らしい講演であった。
日時 | 2011年5月27日(金)17:00〜18:30 |
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場所 | 玉川大学研究センター棟1階101演習室 |
報告者 | 木村 梨絵(玉川大学脳科学研究所・CREST研究員) |