第39回 談話会 (2008年10月8日/グローバルCOE 第7回 若手の会談話会)
海馬シナプスの経験依存的構造変化の解析
北西 卓磨 氏(東京大学大学院薬学系研究科薬品作用学研究室・大学院生)
本講演では東京大学薬学部、北西卓磨さんにご講演いただいた。北西卓磨さんが所属している研究室では薬理やイメージングのテクニックを用いて神経回路や可塑性を中心に研究をされおり、非常に多くのインパクトをもつ業績がある。今回の講演では、海馬の神経細胞にある樹状突起上のシナプスのスパインにおいてどの様な構造的変化が起きているのか蛍光タンパク(Thy1-mGFP)の遺伝子をもつ遺伝子改変マウスを用いて、行動実験と免疫組織化学的な形態観察を組み合わせ、行動実験による経験とスパインの形態との関係を示す非常に興味深い内容を示された。
これまでの研究で以下のような事がわかっている。記憶や学習は樹状突起上のシナプスの伝達効率の増減と関係がある。この伝達効率の可塑的な変化が長期増強(LTP)、長期減弱(LTD)として電気生理実験などによって関連が示されている。LTP/LTDが起きた時にシナプスのスパインの構造的な変化がおき、スパインの形態が大小することはこれまでに明らかにされてきた。しかし、実際に行動実験による経験がスパインの構造的変化としてどの様に変化がもたらされているのか、行動実験と形態観察を組み合わせ詳細に検討した例はほとんどなされていなかった。
実験概要としては、同腹のThy1-mGFP遺伝子改変マウスを使用。通常のホームケージ(コントロール環境)から、ケージの形状や目印となるオブジェクトが異なる新規環境に15または60分暴露し60分時点での海馬CA1錐体細胞のスパイン形態を以下の2つの組織学的分析検査を組み合わせて観察している。
- 脳部位に膜標的のGFPを発現させたマウスの形態を可視化したニューロンのスパインを計測。
- 新しい神経活動の推定指標としてArcの発現を免疫組織化学的な観察によってCA1のニューロンをカテゴライズ。
神経活動のマーカーとされるArcタンパク質の発現を指標として、個体ごとに細胞群を2つにカテゴライズした結果、行動群とコントロール(新規環境暴露なし)群で比較すると、全体では差がないが、Arc発現群、非発現群に分離解析することで初めて60分群でのみ、スパインに差異が見いだされた。すなわち、Arc陽性細胞では大きなスパインが数%増え、小さいもの30%程度に縮小または消失の変化があったと推測できる結果となった。実験結果からは、少なくともある種の記憶は、一部の(Arc発現)神経細胞の数%のスパイン膨化と並行していると考えられ、日常的記憶にかかわる変化が、一部の神経細胞によるわずかなものである可能性を示唆した。
遺伝子改変動物と行動実験と組織学的イメージングによる分析という複数の実験の組み合わせを有効的に活用し、これまでに見ることが困難であった、行動実験で起きた記憶学習が神経細胞のスパインの形態に関わり、さらに、海馬において神経細胞の活動が一様に行われるのではなく、一部が選択的に活動する事が示唆され興味深い講演であった。
日頃行っている得意な実験技術の垣根を越え、多様な実験手法を効果的に用いてこれまで観察することが困難であった研究対象に焦点をあて挑戦していく姿勢に感銘を受け、研究対象や実験方法をめぐって壁となる多くの問題を色々な手法の視点から挑んでいくことが必要であると感じた。
日時 | 2008年10月8日(水)10:00〜11:30 |
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場所 | 玉川大学研究センター棟1階セミナー室 |
報告者 | 米山 誠(玉川大学大学院工学研究科・大学院生(博士課程)) |