第36回 談話会 (2008年7月22日/グローバルCOE 第4回 若手の会談話会)
視聴覚統合における
大脳皮質初期感覚野の機能的役割
廣川 純也 氏(基礎生物学研究所脳生物学部門・非常勤研究員)
本講演では、基礎生物学研究所・脳生物学部門の廣川氏に、大脳皮質視覚野における視聴覚情報の統合についてご講演頂いた。講演は、まず視覚や聴覚、それらを組み合わせた視聴覚課題を与えた時のラットの行動実験につづいて、本講演のハイライトである、視覚野の特定領域で視聴覚情報が統合されているという非常に興味深い結果をc-Fosマッピング技術を用いて詳細に説明し、最後に、その皮質領域を薬剤で抑制させ、視聴覚課題を与えた時の行動実験の結果を示すという流れで行われた。内容的にも、同じ皮質を研究する筆者にとって、大変興味深いものであり、また、講演全体を通して非常に説得力のある内容であった。
動物の脳は、複数の感覚からの情報(視覚、聴覚、触覚など)を統合することにより、各感覚情報が単独の時と比べ、より素早く正確な運動が可能となること(multisensory facilitation)が知られている。本講演では、まず、ラットに視覚、聴覚、視聴覚の3種類の刺激をランダムに与え、それらの刺激に対する反応時間を調べ、その結果、ヒトや他の動物同様、ラットにおいても視聴覚刺激は視覚・聴覚の単独刺激に比べ、反応が早くなることを示した。この時、脳内では視覚情報と聴覚情報の統合が生じていると考えられるが、廣川氏のグループでは、c-Fosマッピングという技術を用いて、視聴覚情報が統合される場所の特定を行った。多数の動物の脳に対し、広範囲な脳領域のc-Fos発現パターンを定量的に比較することは、これまで技術的に困難であった。廣川氏のグループでは、画像処理によって個々の動物の大脳皮質切片の画像を特定の形に標準化する方法により新しいc-Fosの定量的解析法を開発した。c-Fosは一見、便利で強力な手法であるが、神経活動が起こるたびに時々刻々と変化するため、行動実験後すぐに脳組織を調べなければならず、得られたデータの定量的な解析も困難であるなど、講演を聴いて、その大変さが伝わってきた。しかし、困難な状況から新しい手法を開発する姿勢に、研究者として大いに見習うべきものがあると感じた。
テスト課題群とコントロール課題群の2つを用意され、前者は視覚と聴覚の同時刺激がラットの左または右から提示された。後者は視覚と聴覚刺激の提示タイミングを200ミリ秒ずらした刺激が用いられた。行動実験の結果から、テスト課題群のラットは、視覚、聴覚の単独刺激の時より、反応時間が短くなったのに対して、コントロール課題群のラットは、単独刺激の場合と同程度であることが分かった。上記の行動課題を行ったラットの脳切片をc-Fos抗体で抗体染色し解析した結果、第二視覚野外内側(V2LM)という脳部位にc-Fosの発現量が統計的に有意に異なる領域が観察された。すなわち、この結果からV2LMが視聴覚統合及びmultisensory facilitationに関わることが示された。
そこで、GABA受容体の作動薬であるムシモールをV2Lに局所投与し、V2Lの活動を一時的に抑制した状態でmultisensory facilitationが見られるかどうか行動実験で調べた。その結果、対照として生理食塩水をV2Lに投与した動物では視聴覚刺激による反応時間の亢進が見られたが、ムシモールをV2Lに投与した動物では、視覚・聴覚単独刺激の時の反応時間まで低下した。これら一連の結果は、非常に分かりやすく説得力があり、視聴覚情報がラットの第二次視覚野で統合され、反応時間の亢進に必須な役割を果たしていること分かった。
日時 | 2008年7月22日(火)17:00〜18:30 |
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場所 | 玉川大学研究管理棟5階507室 |
報告者 | 井出 吉紀(玉川大学脳科学研究所・GCOE研究員) |