広視野二次運動における情報処理メカニズム
工学研究科 電子情報工学専攻 認知工学研究室
玉野井 太智
Abstract
一般的な運動の検出方法としては、輝度差の空間的分布の流れによって運動成分を検出する機構が知られ、1次運動と呼ばれている。本研究は、これ以外の状況下で成立する運動視、すなわち2次運動と呼ばれる運動がどのような検出機構によって処理されているのか、テクスチャ差における2次運動を作成しその時の心理的認知特性とその基礎となる情報処理過程を1次運動と比較して調べた。MT野、MST野は、運動情報の検出に関して重要な役割をする脳部位と考えられている。もし、2次運動が1次運動の処理と同様に処理されているのなら、この2つの領域が2次運動の解析に関わっている可能性があり、麻酔下におけるマカクサルの2つの領域で、2次運動に対しての反応を測定できるはずである。調べた結果、MT野、MST野において、ほとんど全ての細胞で2次運動に対する反応量は、1次運動に対する反応量よりもごく微弱であった。心理実験での様々な心理的認知特性には、1次運動と2次運動とで異なる特性が見られたことから、1次運動と2次運動は少なくとも部分的に独立したメカニズムによって処理されている可能性があるとの結論を得た。これらの実験結果から、テクスチャ差における2次運動に対する心理的認知特性とMT野、MST野細胞の反応特性について考察する。
Key word
1次運動、2次運動、MT野、MST野
1.Introduction
我々の典型的な物体の認知は、背景より明るいか暗いか(輝度差)を及び色の違い(色度差)を手がかりに判断する。それ故に物体の運動の認知は、観察者の網膜に映る輝度差あるいは色度差の空間的分布の動きから判断するのである。視覚的運動情報処理は、形態の情報処理とは独立した経路によって処理されていると言われている。そのメカニズムは、輝度や色度の空間分布によって構成された一次運動の反応特性に対して研究されているものである。しかし、空間的輝度差がないパターンの動きも知覚され、それは2次運動と呼ばれている。 本研究では、テクスチャ差による2次運動の心理的認知特性とMT野、MST野細胞の反応特性を調べた。
2. Independence of visual motion pathway
現在では運動知覚のメカニズムは色や明るさの知覚メカニズムとは独立な系として成立していると考えられている。また、1次運動の検出機構と2次運動の検出機構が、共通なのか、それとも独立しているのか、という論議も多く為されているため、この運動視の独立性という考えの根拠となるいくつかの事実を紹介する。
運動残効は一方向に運動する対象を見続け、次に静止した対象を見ると、静止した対象がそれまで見つづけた運動方向とは反対に流れる様に見える現象である。この現象は順応の結果、順応刺激の方向とその逆方向の運動検出器における静止刺激に対する反応のバランスが崩れ、順方向を検出する運動検出器の応答は順応の結果弱まるが、逆方向運動を検出する機構は影響を受けないために生じると考えられている。このことは運動と位置の知覚が独立であることを示唆している。
脳の部分的な損傷の結果、ある機能だけが選択的に損なわれる失認と呼ばれる症例が最も興味深い。このような患者の場合、本来なら動いて見えるべき物がこま落しの映画のように見えてしまい道路を渡ろうとすると、ずっと遠くにいたはずの自動車が突然そばに来ていたりする。つまり、この患者の場合、運動がまったく知覚されず、位置の情報だけが間欠的に意識にのぼってくるわけである。この例から、運動情報は間欠的な位置情報を滑らかにつないだり、速度を知って将来の位置を予測したりという機能も果たしていることがわかる。
サルの視覚系の研究から、運動を処理する系が、網膜神経節細胞、外側膝状体、大脳皮質視覚野といった視覚系の初期レベルで、パターン、色などの静的な情報を処理する系から独立であることが明らかになってきている。運動情報は網膜から外側膝状体を介しV1野へまず伝えられ、そこから直接に伝えられると共にV2野を経た経路によっても
MT野に伝えられる。MT野にはローカルな運動刺激に方向選択的に反応する細胞が多く見出され、そのローカルな情報をMST野で統合する。3.Detection mechanism
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First order motion正弦波格子の運動を用いた実験から、輝度差に基づく運動即ち1次運動に関しては、空間周波数選択的な機構が背後にある事が知られている。即ちある運動検出器は、特定範囲の空間周波数のパターン運動にしか応答しない。このことを念頭に置き、視覚系にとって最も単純な運動刺激として、正弦波格子(図
3a)が右方向へ運動するような状況を考えよう。この運動を、時空間プロットすると、左下がり方向の正弦波となる。一般的に、時空間プロットでは、一定方向の運動は傾きとして表現される。よって時空間の傾きを検出するような機構を考えれば、運動検出器になることが予想される。具体的には、(図3b)に示すような受容野を持つ機構を考えれば、特定の空間周波数帯の運動の検出器が実現できる。これが1次運動の検出メカニズムである。A
Second order motion2次運動とは、輝度をとってみた時、空間的に見てどの部分の平均輝度も一定である運動刺激のことを指す。1つの例を挙げてみよう。ランダムドットを散りばめた領域とグレイの領域(斜線の部分)を交互に並べ、両領域の平均輝度を一致させたパターンを作成し(図4上)。このパターンを右方向に運動させる。その時空間プロットが図4下である。この実験では、各フレーム毎にランダムドットを無相関に切り替えたが、常に同じランダムドットが提示されていても構わない。これを見ると明瞭な右方向の運動が知覚される。しかしこの運動は1次運動の検出器では検出することはできない。
B
Theta motion1次運動と2次運動を組み合わせた運動を一般的にTheta motion (Theta運動)と呼ぶ。バンドのグローバルな動きと、そのバンドを構成するテクスチャのローカルな動きが独立している運動のことを指す。今回心理実験、生理実験で用いたTheta 運動を下図に示す。テクスチャの境界が右にシフトする時、そのバンドを構成するテクスチャ自身が反対側の左側にシフトする。境界の動きは2次運動となり、個々のテクスチャの動きは1次運動であるといえる。
4.Visual stimuli
今回、心理実験及び、生理実験で使用した2次運動刺激パターンについて説明する。それぞれの実験においてさまざまにパラメータが変えてあるが、基本的な作成の仕方は同じである
。
本研究で使用した、運動刺激パターンはすべて
Silicon Graphics社製のIRIS Crimson上で作成した。1024x1280(dots)のディスプレイ上に背景を黒色として、白色で2種類の大きさのテクスチャを作成する。画面全体を4つ(または8つ)に等分に区切り、それぞれのバンドは大小のテクスチャで交互に構成することによって、テクスチャの細かさの違いによる縞パターンが出来上がる。このバンドの境界を一定方向にシフトすることを繰り返す。この時部分的な特徴の運動が知覚されないように、シフト毎にテクスチャの特徴は保ちながら新しいドットパターンに入れ替える。ローカルな部分で見ればテクスチャはランダムに動き回っているが、グローバルな視点で見ればテクスチャ差によって構成された、バンドの一定方向の運動である。また白と黒の比率が1:1になるようにテクスチャの数を調節したので平均輝度はどこを取っても一定であり、2次運動であるといえる。