幸せの研究 「人はいかに生きるべきか」




     1.まえがき

     2.人とは何か
       2.1 人が生きる目的は子孫によい環境を残すこと 
       2.2 死ぬのが怖いのは動物が勝手に死なないようにするための仕組み
       2.3 相手に勝ちたい特性は環境に適した子孫を残すための仕組み
       2.4 人は自然の法則を受け入れなくてはならない  

     3.幸せとは何か
       3.1 周囲との比較によって感じる幸せ
       3.2 楽できることが幸せではない
       3.3 「不老長寿」は人類の夢ではない
       3.4 「本当の幸せ」とは人と人が助け合って生きること

     4.幸せへの道
       4.1 いつも明るく、皆に挨拶
       4.2 悩みを持たない
       4.3 勝ち負けにこだわらない
       4.4 感謝の心を持つ
       4.5 人のために役立つ 

     5.まとめ




1.まえがき

 私たちの社会は、より多くの人が幸せになることを目指してきました。幸せとは人の望みをより多く満たすことであり、「人の願いをより多くかなえることが出来る社会が理想の社会」と信じて人の活動が続けられてきました。その結果、科学技術の進歩や経済発展の恩恵により、先進国の人々はつらい労働から解放され、極めて便利な社会条件の中で生活しています。食物も豊富になり、物質的には歴史上最も豊かな時代が現在であろうと思われます。この様な時代に生まれてきた私達はとても幸せなのです。私達は幸せなはずなのです。しかしながら、どれほど多くの人が今の生活から幸せを実感しているでしょうか。私には、幸せを感じている人より、不幸せを感じて生きている人の方がはるかに多いように思えます。それは何故なのでしょうか。
 また、現在の社会は、便利で、肉体的にはきわめて楽に暮らせるようになった反面、生まれたものは犯罪の増加、地域紛争の多発、地球環境破壊、人工爆発です。人類の未来が明るい希望に満ちたものとなるように人は努力してきたはずなのに、これからの社会を考えると、あらゆる面でプラス要因よりマイナス要因の方がはるかに多くなっています。その原因はどこにあるのでしょうか。私たちは、人が生きることの意義について改めて問い直してみる必要があるのではないでしょうか。幸いに、科学技術の進歩によって我々は多くの情報を容易に得ることができるようになりました。そこで、私たちが誰でも知っている情報をもとに「人が生きる目的とは何か」、「人とは何か」、「人の幸せとは何か」、「人はいかに生きるべきか」について考えてみることにしました。
物事を考える時には、先入観を排除して客観的に判断することが極めて大切になります。人が自分について考える場合、どうしても自分を有利な立場に置きたい感情が入ってしまい、自分自身が正確に見えないことがほとんどです。これと同様に、人が人について考える場合にも、人が自然界にあって特別な存在であり、この世界は人のためにあるなどと決めてしまってから判断しても真実を見出すことはできません。自分が人であることを忘れて客観的に判断することにより、これまでとは全く異なる世界が見えてきます。

2.人とは何か

2.1 人が生きる目的は子孫によい環境を残すこと
 私たちは動物の一種ですから、人間も含めて、私たちの周りにいる多くの動物について考えてみましょう。すべての動物には生命を子孫に引き継ぐための機能が自然から与えられています。生物が子孫を残すためには成長しなくてはなりません。成長して子孫を残すまでは死んではいけないのです。生物が生きて行くためには、まず食べなくてはなりません。食べないでいると死んでしまいます。ですから、食べることを忘れてしまわないようにお腹がすいた時には食欲が与えられます。人は、お腹がすいたら食べたくなるのは当たり前と思っていますが、お腹がすいた時には食べたくなる機能が与えられているから食べているのです。この機能が十分に働かなくなるのが過食症や拒食症であり、時には命を落とすことにもなります。したがって、お腹がすいたら食べたくなる機能は、動物にとって極めて大切な特性なのです。動物は定期的に睡眠をとり、体を休めることも必要なので、ある程度起きていると眠くなるようになっています。子孫が残せるまで成長すると性欲が与えられ、子供を作ります。子供は一人では生きて行けないので、親には子供が可愛くなる心が与えられ、子供は親に育てられます。子供が子孫を残せるまでに成長する頃には親の体力は衰えはじめ、やがて死んでゆきます。この過程において弱いものは早く死に、強くて健康なものが生き残って子孫を残します。これが人間を含めた多くの動物たちが自然から与えられた循環システムなのです。
 このように、全ての動物は種を継承するリレーランナーとして生きています。そして、リレーランナーの役割は、次のランナーが走りやすい条件を作ることであることは誰でも知っています。したがって、私たちが持っている本来の役割は、自分の望みをより多くかなえることではなく、種を継承するリレーランナーとして子孫に住みやすく暮らしやすい環境を残すことなのです。しかし、今の私たちは、人だけは他の動物とは異なる特別な存在であると信じ、自分たちの望みを満たすことを最優先させ、子孫には破壊された環境や残り少ない資源だけを残そうとしているのです。
2.2 死ぬのが怖いのは動物が勝手に死なないようにするための仕組み  
すべての生物には自分の命を守る特性が与えられています。このような特性を本能と呼びます。蚊や蝿ですら殺そうとすると逃げてしまいます。彼らにも危険を感じた時には逃げる特性がDNAによって与えられているのです。そして、人もこれとまったく同じです。手が熱いものに触ったとき、反射的に手が逃げます。手が熱いので、「このままでは火傷をしてしまうから手を逃がそう」などと考えなくても自然に手が動くのです。また、危険な事態が生じた時には,人は我先にと逃げ出します。他人を押しのけてでも自分が助かろうとします。このような特性はあらゆる生物が自然から与えられている、種を守るための特性に違いありません。しかし、「人類が滅びてしまうから私は私の命を守るのです」などと考えている人は誰もいません。自分自身が種を構成している一員ですから自分の命を守ることが自動的に種を守ることになるのです。
 種を守るため、動物が役割を果たす前にかってに死んでしまうことがないように、死に対して恐怖心を持つ特性が組み込まれているのです。そして、苦しまないと死ぬことができないようにもなっているのです。動物の感情が、脳の中の化学物質の分泌によってもたらされていることが科学的に実証されていることからもわかるように、本質的には「死は恐ろしいもの」ではなく、人間には死に対して恐怖心を生じる特性が自然の力によって組み込まれているから恐ろしいと感じているのです。カマキリの雄は、交尾の後に雌に食べられてしまいます。カマキリも通常は危険を避け、危険な時には戦って自分の命を守りますが、この時には死を恐れません。これは、死を恐れる反応が起こらない特性が仕組まれているからに違いありません。死による別れは悲しいものであり、人は死を避けたいと願います。しかし、生と死の循環は全ての生物が絶対に受け入れなくてはならない自然の仕組みなのです。

2.3 相手に勝ちたい特性は環境に適した子孫を残すための仕組み
 人は勝ち負けをきめたり、順位を付けたりすることを好みます。人は自分がやりたいことを妨げられるとすぐに腹を立て、相手を攻撃したくなります。この特性が人の社会を難しいものにしているのですが、これも種を維持するための大切な特性なのです。
 自然界で生きるためには命を狙う敵から身を守る必要があります。そして、自分自身や家族を守ることが種を守ることになります。また、食物を得るためには相手から奪い取り、時には相手を殺さなくてはならないこともあります。このように、自然の中で生きるためには相手と戦って勝とうとする特性は極めて重要な特性なのです。そして、相手に打ち勝つ強い力を持つものが環境に最も適したものであり、強いものが食物を得て、その子孫が種の後継者として選ばれることで種を維持する確率を高めているのが自然の仕組みです。
 このように、相手に勝とうとする心は、人の創造意欲を高め、生活において新しいものや考えを生み出してきました。その結果、人々の生活は便利になり、少ない労力で多くの食物を得るための農業技術や漁業技術の進歩は人々の豊かな食生活を支えています。その反面、あまりにも大きくなった経済力の格差や、人の心に起こる競争心と敵対心のために、社会的紛争やテロ犯罪、普段の生活における人と人との争いが絶えないのが現状です。

2.4 人は自然の法則を受け入れなくてはならない 
現在、世界中の多くの地域で紛争が起きています。争いの要因は富の奪い合いですが、根本的な原因は人口増加にあります。すでに、人が地球上で生活するための適正な数をはるかに超えているのです。現代社会では、基本的人権として子供を生むことに対して一切制限を加えていません。しかも、人は死にたくない欲望から医療技術を日進月歩で進歩させています。その結果、人は際限なく人口を増やそうとしているのです。人は知恵によって食料を増産して対処できるのではないかと考えているようですが、地球上に生存できる人の数には当然限界があるのです。今後、人口を減らす具体的な方策を早期に実施しないかぎり、食料不足に起因した紛争や戦争の増加は不可避なのです。人と人との殺し合いをなくすためには人口を減らすしかなく、子供を作らないようにするしかありません。ねずみの一種であるレミングは、数が増えた時には争うことをせず、集団で入水自殺することが知られています。しかし、この様な優れた特性は人にはありません。したがって、人は自らの欲望を制限し、生まれる子供の数を減らさなければならないのです。現在、人工増加の抑制対策として実施されているのは、中国の一人っ子政策のみです。現在は、この問題についてほとんど論議されていませんが、人類最大の課題なのです。
 自然の営みは調和と循環を繰り返しています。全ての生物は独立して生きているのではなく、全ての生物が循環形の生態系を形成し、それぞれの役割を分担することによって数のバランスを取りながら生きているのです。しかし、人の数のバランスの維持は人の欲望を制限することになるため、人にとっては受け入れ難いことなのです。そして、人は他の動物より少し知能が発達していることから、自らを過信し、人だけはあらゆる欲望を満たしても大丈夫と考えているのです。その結果が、人口増大による自然破壊、多大なエネルギー消費による地球の温暖化、化学物質による生態系の異変などであり、人は取り返しのつかない多くの課題を作り続け、今は破滅の道を歩んでいます。人は自然の仕組みを理解し、自然の法則を受け入れるため、人の欲望を制限するルールを早期に作り出さなくてはならないのです。

3.幸せとは何か

3.1 周囲との比較によって感じる幸せ
 今の社会では自分の望みを多く満たすことが幸せであると考えられています。豪華な食事、海外旅行、広い家など、お金があれば自分の多くの夢をかなえることができます。したがって、多くの金を自由にできることが幸せと考えられています。その他にも、権力を手に入れる、名声を高めたいなど、人はいろいろなタイプの夢を持っています。今の世の中では、多くの夢を満たした者を成功者と呼び、幸せな人と考えています。
 望みや夢と表現するときれいに聞こえますが、望みや夢とは人の欲望です。この欲望の中で最も強いのが食欲です。そして、全世界では数十億の人が飢えています。食料の乏しい地域の人から見れば申し分ないくらいに日本人は幸せなのです。しかし、十分に食物が得られることに幸せを感じている日本人はまずいません。何故でしょうか。理由は簡単です。自分の周囲に飢えている人がいないためです。人が感じる幸せは相対的な幸せであって、自分の周囲との差がなければ幸せを感じることができないのです。
私たちの心にある、周りの人達より優れていたい特性によって、自分が近くの他人より勝っていれば幸せを感じるのです。つまり、私たちが通常考えている幸せは、近くの他人と比較した相対的な幸せであり、比較する相手によって変わってしまう不確かな幸せなのです。しかも、その時は幸せと感じていた幸せも時間と共に色あせて消えてしまいます。比較する相手によって変わってしまう幸せが「本当の幸せ」であるはずがなく、このような幸せを追い求めている人は幸せに満たされることは永遠にないのです。

3.2 楽できることが幸せではない 
 現在、私たちは自動車、洗濯機、冷凍食品などの様々な技術の恩恵により、あまり労力を使わなくても生活できるようなっています。私たちは、これまでの社会と比較して肉体的にはきわめて楽に暮らせる世界に住んでいるのです。これは、多くの人が少しでも体に楽をさせることが幸せと考え、より少ない労力で生活することを望んでいるためです。そして、体に楽をさせるために少しの距離でも乗り物に乗ります。たしかに、老人や体の弱った方にとっては体に楽をさせることができれば幸せかもしれません。しかし、元気な人であれば、少し疲れていても電車などでは座らずに立っている、1階や2階の移動であればエレベータを使わずに階段を使うなど、適度な運動によって体は鍛えられ、健康が維持されるのです。このことは万歩計の普及からも誰もが容易に理解できると思います。
日常生活において、過酷な重労働は避けたいものですが適度な労働や運動は人にとって必要なことなのです。少しでも体を楽にして労働を少なくすることが幸せなのではなく、生活の中にしなければならない労働があることがむしろ幸せであり、労働に喜びを感じられることが幸せなのです。
3.3 「不老長寿」は人類の夢ではない
 あなたは「不老長寿」や「不老不死」が人の夢であると考えていませんか。前述のように、人は死を恐れます。誰もが死から逃れたいと願っています。このことから、ほとんどの人は死から逃れられれば人は幸せになると思っています。多くの医療機関で老化防止のための研究が真剣に進められています。しかし、不老長寿は本当に人の夢なのでしょうか。人が死ななくなり、皆が長寿になった時、この世界がどのようになるかを想像したことがあるのでしょうか。みんなが幸せに暮らせると考えているのでしょうか。前述したように、地球には維持できる人の数に限界があります。膨れ上がった人工のため、人と人との殺し合いが始まるに違いないのです。今は自然が人の死を決めているので人はあきらめて死んでいるのです。もし、人が自然の力によって死ななくなったとしたら人が人を殺さなくては自分の子孫を残すことができなくなるのです。
 人が死ぬことの大切さに気付かれたでしょうか。先にも述べたように、各地で発生している地域紛争やテロ事件、そして戦争の本質は、自分の子孫を残すために相手を殺す人減らしなのです。これが私たちが暮らしている自然界の現実であることに早く気付かなくてはなりません。争いによる人減らしを避けるためには、人は適当な時期に死に、一人が生む子供の数も制限することが不可欠なのです。人の本当の生き方は、死ぬときが来たら素直に死ぬこと、また、死なせてあげることです。そして、死の恐怖から抜け出すことができれば生きている楽しさを強く感じることができるようになります。

3.4 「本当の幸せ」とは人と人が助け合って生きること
アマゾンやアフリカの奥地に住む原住民の生活が時々テレビなどで放映されます。彼らは、自然の中でその日に必要な食料を集めて生活をしています。遠い水場からの毎日の水汲みなど、生活に必要な仕事をそれぞれ分担し、その日に必要なものだけを手に入れて毎日を暮らしています。必要以上に取らず、将来に渡って同様な暮らしが維持できるように考えています。そして、彼らの社会では、お互いに助け合わないと生活できないのです。
したがって、彼らにとって仲間は大切な共同生活者であり、自分の幸せは仲間全体の幸せであって、仲間の幸せなしに自分の幸せはありえないのです。この様な人と人、人と自然とが調和した暮らしが、私たちの祖先が過去数万年も続けてきた暮らしなのです。
 それに引き替え、お互いの役割分担が極度に細分化されている現代は、多くの人々が仕事を分担していることによって自分の生活が成り立っていることを意識できなくなっています。そして、自分が社会の大勢の仲間から恩恵を受けていることが理解できず、仲間の幸せを考えることなく自分の幸せのみを考えるようになっているのです。他人の幸せと自分の幸せとを結びつけることができないのです。本当の幸せは、信頼できて助け合える大切な家族・友人・仲間がいて、皆と一緒に幸せになることなのです。
 自分の周囲の人が自分にとって大切な人ではないと感じるようになっていたら赤信号です。自分の心は必ず相手に伝わります。相手もあなたに対してあなたと同様な感情を抱きます。そしてお互いに孤独になっていきます。それとは逆に、相手を自分にとって大切な人だと考えているときは、その人たちを大切にし、親切にます。そして、その心は相手に伝わり、相手もあなたを大切にします。そして信頼が生まれ、心おだやかに楽しい日々を過ごすことができるのです。

4.「幸せへの道」

これまで述べてきたように、人が生きる本来の使命は、人と調和し、自然とも調和して生き、子孫に過ごしやすい社会と環境を引き継ぐことなのです。そして、自分自身の望みや夢をかなえることは二次的な目的でなくてはならないのです。しかし、ほとんどの人はこのことに気づいていません。そして、多くの場合、自分の欲望の方を優先させるために、人と調和できないことが人を不幸にする大きな原因となっています。
 そこで、人と調和して心やすらかに暮らすための方法を「幸せへの道」として五ヶ条にまとめてみました。現在、誰かに不満を抱いている方、相手が変わることを望んでいる方、あなた自身が変わらないで相手が変わる可能性などほとんどないことに気付くべきです。あなたが変わることによって相手が変わり、あなたを取り巻く環境が改善されるのです。 人との調和を目標とする「幸せへの道」を歩むことができれば、本当の幸せを実感することができると私は信じています。

4.1 いつも明るく、皆に挨拶
 明るく挨拶することは、だれにでも簡単に出来ることです。しかし、「気分が悪い時にそんなことが出来るか」と思う人もいるでしょう。でも考えて下さい。明るく元気よくふるまうことが出来ないのではなく、したくないだけなのです。あなたの周りの人々の顔が暗く、元気がないときには、あなたも気分が暗くなりませんか。みんなが元気なら、あなたも明るい気分になるはずです。少しぐらい気分が悪くても明るく元気に挨拶しましょう。でも、あいつにだけは挨拶などしたくないと思う人もいるかもしれません。そんな人にも挨拶してください。たとえ、相手が自分にとって不愉快で、いやで、邪魔な存在であっても、我々の社会を構成している仲間なのです。
これからは、これまで挨拶していなかった相手にも笑顔で挨拶してみましょう。たとえ、相手が無視しても続けましょう。そして、無視されても腹を立てないようにしましょう。だれにでも笑顔で挨拶できるあなたは、あなたを無視した相手より人として一段高いレベルに立っているに違いありません。相手と同じ態度では相手と同じレベルになってしまいます。 物理学では作用反作用の法則がありまが、心の場合も同じでなのです。相手に敵意を持てば、相手も敵意を持ちます。自分で敵を作っても何も良いことはありません。敵がなければ、人はいつも心穏やかに暮らせるのです。

4.2 悩みを持たない 
 世の中には同じ境遇にあっても、ひどく辛く感じる人とあまり辛く感じない人がいます。あなたはどちらが幸せと思いますか。あなたは、自分はものごとをしっかり考える性格なので悩みも多いなどと考えてはいませんか。考えることと、悩むことは違います。あなたは小鳥のように空を飛びたいと考えて悩みますか。考えても無駄なことは、すぐにあきらめるので悩まないはずです。このように、あなたの決断力で悩みは増やしたり減らしたりできるのです。世の中、思い通りにならないことも多く、不足不満や悩みごとの種もさまざまですが、解決する可能性がある悩みごとなら一生懸命に考え、出来ることは全て実行してみましょう、しかし、解決が不可能なことであったら悩んでいても何の役にも立ちません。特に、相手の態度や考え方を変えさせようなどと考えて悩むのは止めましょう。他人から意見され、それを素直に認める人などほとんどいないのです。さっさとあきらめましょう。いつまでも不足不満を抱えて悩むことは、あなたの心を痛めつけるばかりでなく、胃を悪くして健康を損なってしまいます。幸いなことに人は忘れてしまうことができます。あなたが幸せでありたいのならば、解決が不可能な悩みごとやいやなことは忘れて、他の楽しみに目を向ければよいのです。

4.3 勝ち負けにこだわらない
人には他人より少しでも優れていたい願望があります。人はゲームやスポーツなど勝ち負けを決めるのが好きで、いつでも勝ちたいのです。金、成績、持ち物、容姿などなど、人は自分の周りの人と比較して勝ち負けを判断しています。だれもが、人よりも少しでも優位に立ち、これを誇りにしたいのです。そして、この特性が人を不幸にしています。メンツにこだわり、相手に負けたくないないために自分の誤りを認めることができず、大切な人との信頼関係を壊し、自分で不幸を作り出している人も多いのではないでしょうか。
 また、暮らしの中で相手に侮辱されたと感じて腹を立てることがあると思います。この様な時には、腹を立てること自体が自分にとって無益であることに気付いてください。心がむかむかしても相手に報復しようなどと決して考えないで下さい。報復して憂さ晴らしをして敵を作っても、客観的に見ればあなたにとって何も良いことはありません。相手は自分が勝ちたい特性を発揮し、相手を引き下ろせば自分の価値が高まると考え、敵を作って自己満足している愚かな人なのです。むしろ同情してあげてください。もし、あなたが間違っていたのであれば、これから気を付ければよいだけです。昔から、「負けるが勝ち」といわれていますが、これは真実です。愚かな相手の言動に振り回されている自分の愚かさに気付いてください。自分の感情をコントロールする方法を身につければ、いつも穏やかな気持ちで過ごすことができるのです。

4.4 感謝の心を持つ
他人に感謝できる人は孤独にはなりません。それは、他人の行為を自分に対する思いやりとして理解できるためです。自分を大切にしてもらいたい気持ちの強い人は相手に対する要求が大きく、これが満たされないために孤独になるのです。
 食事の支度、掃除、洗濯など全て親に面倒を見てもらっている子供が、親が子供の世話をするのは当然と考え、不足不満ばかりをつのらせて自分は不幸であると考えているケースがよくあります。夫婦間においても同じです。夫は稼いでくるのが当然、妻が家事をするのが当然であり、お互いに感謝することなしに不十分な所ばかりを探し出して責め合っていないでしょうか。自分の周囲の人たちと比較して不満をつのらせていませんか。この様な時は、相手を他人だと考えて下さい。他人にしてはよく世話してくれていることに気が付くはずです。相手の行為を周囲との比較によって判断してしまうと、要求のレベルが上がってしまい、感謝すべきものでも感謝できなくなってしまうのです。人は十分に幸せになれる状況にあっても、小さなことにも感謝でき、幸せを感じる心を持っていなければ幸せにはなれないのです。当たり前と思える僅かなことにでも感謝でき、「ありがとう」と言える心を持つことが出来れば孤独にならず、必ず幸せになれます。

4.5 人のために役立つ
 人に喜んでもらうと自分も嬉しくなりませんか。自分が困っている時に手伝ってもらうと、とても嬉しい気持ちになるのと同時に、手伝った人まで嬉しくなるものなのです。人は、お互いに助け合うところから信頼関係が生まれ、心の安定が生まれます。円満な人間関係を築くためには、自分から先に相手にとって役立つ存在になることです。ところが、他人のために働けば自分が損をすると考える人が多いのです。これが不幸の始まりです。たとえば、道で一台の車が右折れしようと停車しているために沢山の車が後ろに並んで渋滞しているのをよく見かけます。この様子が現在の社会を象徴しています。直進する対向車が少し速度を遅くし、その車に道を譲ってあげれば相手は喜び、しかも渋滞は減り、自分も良い気分になり、皆が気持ちよく過ごせるのです。しかし、道を譲っても挨拶もせずに通り過ぎられたりすると腹を立ててしまい、道を譲るのをやめてしまう人もいます。これは相手に自分の好意を認めてもらいたい気持ちや、評価してもらいたい感情から生じる結論です。気持ちは理解できますが相手に期待するのは止めて、相手の態度にかかわらず自分は人として正しいと思われる道を歩みましょう。人として魅力的な生き方を目指しましょう。家族のため、社会のため、そして未来の人々のために役立っている自分の姿に喜びを感じ、幸せを感じるられるようになれば本当の幸せに近づくことができます。

5.まとめ
 人は人と調和して生きること、そして自然とも調和して生きることが本来の生き方であり、子孫のために明るい未来を残すことが私たちの使命なのです。不便な生活であっても、子孫に必要なものを残し、心なごやかに暮らし、そして死んでいくのが幸せであることを人は知らなければなりません。人の欲望や死への恐怖心は、種を守るために大自然から一人一人に与えられた単なる機能なのです。したがって、人の欲望を満たすために「進歩だ」、「人類の叡知だ」と叫んで自然の力に逆らっても本当の幸せにはなれないのです。くり返しますが、人は自然の仕組みを理解し、欲望を制限する心を持たなくてはなりません。
 人の心の仕組みは、人が種を継承するために自然から与えられた仕組みであって、この仕組みの中で思考しても、人の真の姿は見えてこないことに気付かなくてはなりません。人の心を離れて客観的に判断すること。このことが真実を見極めるためには最も重要なことなのです。
 以上、私がこれまでに得た経験と知識に基づて導かれた「幸せの研究」の要点について述べさせていただきました。また、「幸せへの道」は、私自身の生活の指針でもあります。そして、この「幸せへの道」に沿った生き方は、誰にとっても精神的に極めて気楽に、楽しく暮らすことができる生き方なのです。
 

この「幸せの研究」が、皆さんのこれからの人生に、そして未来の人々のために少しでも役に立てば幸いです。 この研究に対するみなさんのご意見をお聞かせ下さい。

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   柳原直人